8月に入り、暑さはますます激しさを増したようだ。最寄り駅から電車で3駅。東口を5分ほど歩いたところに町田メンタルクリニックの看板が目に入った。少し前から、長女の麻美に相談していた。「それほど大病院ではなく、医者と患者がゆっくり話せて、出来れば医師は女性の方がいいのでは」といった会話から町田メンタルクリニックが浮かび上がった。精神を深く病んでいるとは思わない。しかしここ数年、外出が減り、不眠の症状に悩まされているのも事実である。そして何よりもこの苦しみを誰かに打ち明けたい。
公園の角を左に折れ、向かって左にあるらしい。数十秒歩くと、町田メンタルクリニックの看板があった。白壁のこじんまりとした建物だが、清潔感はある。駐車スペースが建物のサイズの割にそれなりにあり、車もぽつぽつと置いてある。佐世子が自動ドアに足を乗せ、院内に入ると「こんにちは」と受付の女性が挨拶してきた。その女性の指示に従い簡単な手続きを済ますと、壁際の長椅子に腰かけた。院内の丸い時計は午後3時25分を過ぎている。予約時刻は3時半。佐世子は場違いなのではないかという思いがこみ上げ、心臓の鼓動が少し速まった。佐世子と同年代の患者と思われる中年女性が右奥の通路から姿を現し、佐世子と距離を置くように右隅に腰かけた。
「川奈さんどうぞ。右の通路の突き当りが診察室になります」
受付の女性に声を掛けられ佐世子がドアをノックすると、診察室の中から彼女の名を呼ぶ女性の声が聞こえた。
「こんにちは。よろしくおねがいします」
佐世子が顔を上げると、テーブル越しに40代くらいの白衣を着た女性が椅子に座っていた。おそらく佐世子よりいくつか年下だろう。そして女医が口を開いた。
「こんにちは。あれ、お母さんは?あなた付き添いですよね?」
佐世子はある程度、覚悟していた。こうした扱いには慣れてはいるが、相手の驚いた顔にはいつになっても慣れない。「母が突然、帰ってしまいました」で片づけてしまおうか。迷った末に発した言葉は「川奈佐世子は私です」だった。
「ああ、そうでしたか。それは大変失礼しました。どうぞお掛けください」
町田は驚きと困惑を隠すように、冷静を装ったトーンで話した。
「それで、どうされましたか?」
町田が質問を始めた。