白雲去来

蜷川正大の日々是口実

明治の政治家、軍人が見上げた「雲」・・・。

2012-11-02 23:34:37 | インポート

十一月一日(木)晴れ。

 

つい最近まで、暑い暑いと文句を言っていたのに、アット言う間に秋が深くなった。十一月になると我が家の花が変わる。十月は、玄関の中の花は白菊だが、十一月になると、普通の仏花にする。恩師である野村先生の句、「白菊の白が溢れてとどまらぬ」から、十月と先生の誕生月である二月は、玄関に白菊を飾っている。と言っても最近は「スプレー菊」といって安価な花があるので助かるのだが。

 

思うことあって、ツタヤに行き「坂の上の雲」のDVDを借りた。それも最初からではなく、第一部の最後、DDVDの第四巻目「日清戦争」から、第二部の最初、つまり第五巻の「留学生」、そして第六巻の「日英同盟」までを借りた。十九世紀は、西洋列強が帝国主義となって「植民地地主義」により領土の拡張をはかるか、または反対に抗することのできない国は植民地となるか、いわゆる弱肉強食の時代であった。

今日の北方領土、竹島、尖閣諸島。「人のものは俺の物。俺のものは、当然、俺の物」という理論がまかり通っている。それは、そのままその国の「後進性」を表しているのだが、それらの国の「後進性」は、かっての帝国主義の時代の残滓かもしれない。

 

当時、極東を伺う帝政ロシアに対して、我が国はどう対抗したか・・・。明治の軍人の気概はもとより、小村寿太郎などの外交や国難に挑んだ政治家たち。連日報道される、国会の茶番劇。一度、国会議員は、揃って「坂の上の雲」や「明治天皇と日露大戦争」を見ながら、明治の政治家や軍人がどう国難に対処したかを、基本に戻って考えてほしいものだ。

 

機関誌に掲載する写真を整理していた。若い頃、二三日前の出来事は、随分昔のように思えたが、歳を取ると、十年前の出来事を、つい昨日のことのように思い出すことがある。そんな思い出を肴に酒を飲むようになったら、まちがいなく「老い」に支配されている。

今夜も、月と影とを相手に独酌。尾崎放哉の句ではないが、「こんなによい月を一人で見て寝る」。

 

Img088※もう19年も前の8月。パリはセーヌ下りの観光船にて。この時のことはまだ原稿にしていないので、そろそろ書いてみようかと思っている。


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