スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

愛とは何か&畠中の訳注

2025-02-14 10:31:11 | 歌・小説
 『なぜ漱石は終わらないのか』の第十四章では,それまでの漱石の小説とは異なった愛を巡る言説が『明暗』にはあるということが論じられています。
                         
 それまでの漱石の小説の主人公は,自分自身の実存,アイデンティティを感じられないので,唯一の女から愛されることによって自己自身を安定させようとするのだけれども,その女が自分以外の男を愛しているのではないかという疑いを有することによって不安に陥ります。つまり男の主人公が女を信じられないというのは,女を信じられないというよりは自分自身を信じられないのであって,その自分自身に対する不信感を相手の女に投影しているのだと石原が指摘しています。要するに男は女に愛されれば,正確には女に愛されているという実感をもてれば問題は解決するのであって,そのような本心が男の中にはあるということです。
 『明暗』では,この種の役割が主人公である津田ではなく,津田の妻であるお延に与えられているのが,それまでの小説とは異なったところです。お延は「絶対に愛されてみたい」と口にするという点で,男の主人公とは異なり,それは女であったがゆえに小説の中で可能になったという一面はあるかもしれません。ただ,それまで男に担わせていた役割を女に担わせたという点は新しい点です。『明暗』で漱石文学では初めて女が描かれたという評価があるのですが,それは単に漱石がここで,男が担っていた役割を女に担わせたというだけの理由なのかもしれません。
 石原はこれとは別の点に注目します。お延は愛されているという実感をもっていないからそのようにいうのですし,津田は津田でお延を愛しているという実感をもっていないのです。これは当時の愛を巡る言説そのもの,この種の愛があれば問題は解決するという言説そのものへの挑戦なのであって,そもそも愛とは何であるのかということを正面から問いかけているのだとみています。それは漱石の小説自体の根底を掘り崩し得るようなインパクトがあるテーマ設定だったと石原は指摘しています。

 この訳注の中で畠中は,神の観念idea Deiは,神に関して現実的に存在する人間が有する観念という意味と,神が自己自身に関して有する観念という意味の二様があるという主旨のことをいっています。畠中は単に二様の意味があるといっているだけで,前者が具体的にどのような観念であり,後者が具体的にどのような観念であるかを説明しているわけではありません。ただ,たとえ僕のようにそれらの観念を分類しているのではないとしても,現実的に存在する人間の知性intellectusの一部を構成する神の観念と,神の無限知性intellectus infinitusのうちにある神の観念は,同一の観念ではなく異なった観念であるとみていることは間違いないでしょう。したがって少なくともそれらを別種の観念として峻別するという点では畠中も僕と一致しているのであって,その点に着目する限り,僕の分類が僕に特殊の分類であるわけではないということが分かります。
 この訳注についていえば,畠中はこの部分の神の観念は後者の意味,つまり神が自己自身に関して有する観念という意味でなければならないと指摘しているのですが,この指摘の妥当性は僕にはよく分からないところもあります。この部分のスピノザの文章は,神のある属性attributumの絶対的本性の中に有限finitumで定まった存在existentiaが生じると仮定すること,あるいは同じことですが神の属性の絶対的本性の中に持続duratioを有するものが生じることを仮定することの一例として,思惟の属性Cogitationis attributumの絶対的本性の中に神の観念が生じるという仮定で論証Demonstratioを進めているのです。したがって論証の中ではこの神の観念は仮定にすぎないともいえますから,それがどのような観念であるということを問う必要はないし,そもそも問うことができるかという疑問はあり得ます。というのも仮定にすぎないのであれば,何らかの定まった存在を有する観念,持続を有する観念が思惟の属性の絶対的本性のうちに生じるということを具体例として示すことができれば十分なので,これは神の観念でなければならない理由すらあるわけではなく,神以外の何らかの観念であったとしても,論証自体は十分に成立するように思えるからです。なのでこの部分の神の観念に,重要な意味はないかもしれないと僕は思っています。
コメント
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