犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

ゲゲゲの調布発信
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たいこ腹

2016年02月09日 | 日々
落語の題に、「たいこ腹」というのがある。
鍼師の私としては、ひやひやして聞いていられない噺(はなし)だ。
なんたって、若旦那がいろんな趣味にコる中、ついに鍼にコる。

金はあるので、すぐに道具を買い揃える。
ヒマはあるので、すぐにアレコレに鍼を打つ。
枕に打ってすぐにあきる。
飼い猫に打って引っ掻かれる。
人間に打ちたいというので、街に出かける。

いつもの茶屋に上がって、贔屓の幇間(ほうかん)を呼ぶ。
幇間とは、たいこもちとも呼ぶ。
お客さんにうまい相槌を打ち、良い心持ちにさせる。
お大尽気分で財布の紐がゆるんだところで、芸者をあげよう、
という流れになる。
そういう役割の芸人で、現代では希少生物、絶滅寸前だ。

「一八おまえ鍼は好きか」
と聞かれれば、旦那の言うことには気持ち良い相槌を打つ商売、
はいはい好きですと答える。
「それは良かった。最近おれは鍼にこっててな」
打たせろという話になる。
鍼は好きだと言ってしまった手前、旦那の言うことには逆らえない商売、
しかたない、腹を括って、いや腹をまくって、若旦那に鍼を打たせる。

文字通り昨日今日初めて鍼を持ったものだ。
いきなり人間に打ってうまく行くわけがない。
チクンと来てブスブスッと来たもんだから、一八は慌てて動く。
激しい動きに、鍼が折れる。
折れた鍼を抜くべく、横に迎え鍼を打つ。
同じことで、これまた折れる。
うまく行かないと分かると、若旦那は早々に逃げて行ってしまう。
一八は腹に鍼を二本刺したまま残される。

もう、鍼師として聞いてて冷や汗が流れる。

寄席でこの話を聞きながら、客席の反応を見渡してみると、
どなたも表情が変わらない。
どうやら、鍼を好む人がいないようだ。
経験があれば、この話の怖さが分かるはずだ。

しかし、鍼師としてはまた、こんなことが実際には起こらないということも
強調しておきたい。

まず、現代の鍼は、ステンレス製で丈夫だ。
落語の舞台であろう江戸時代の鍼とでは、今は違う。
それと、鍼を打つ瞬間というのは、チクンとすることもある。
これは、うまくやればチクンと来ないが、どうしてもチクンとすることもある。
しかし、その瞬間のかすかなものであって、どうということは無い。

その後の鍼の進め方は問題である。
ブスブスッと若旦那のように鍼を進めると、違和感や痛みを感じることもある。
一八はそこでビックリして動いてしまったのだろう。
噺の中では、おかみさんが「あらまあ、おなかから鍼二本はやして」と発見しているから、
外の部分が折れたことになっている。

しかし、鍼が折れる時は、困ったことに、体内で折れる。
患者が動くということは、筋肉が動く。
鍼が縦に入っている筋肉が横に動く。
筋肉というのは層になっていて、動き方が層によって異なる。
そのズレによって、鍼が折れる。
まあ、現代のしなやかで丈夫な鍼の場合、折れると言っても折れ曲がるだけだ。
頭は外に出ているので、引っ張りゃ抜ける。
しかし、曲がっているから引っ張りにくい。
そこで、周囲の筋肉をほぐすためにわきにもう一本打つのを、迎え鍼と呼ぶ。
若旦那はそんな迎え鍼を知っていたわけだ。

とにかく、おっかない噺にするために、実際には無いことを言っている、
おもしろおかしくしているだけだ、あくまで落語なんだ、と言いたい。
これを聞いて「鍼ってやっぱり怖い」なんて思われちゃ困る。

太鼓腹の噺家、柳家喬太郎による「幇間腹」をどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=s0FlKTLOhdg

腹から笑えばいいや。

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