犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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私的下痢史 ≪マイ・ヒストゲリー≫

2022年03月28日 | からだ
気付いたら、自宅の玄関先の桜が九分咲きになっていた。

昨日の夕方、犬の散歩の時に外に出てはいるが、
見上げるゆとりは無かったか。

ほんの2,3日前、ビフォー食中毒の頃に見た時には
まだ咲く様子でもない感じだったので、
ウチの桜はまだじゃ。という思い込みも有った。

だから、浦島太郎なんだってば。

見れば、「枯らしちゃったかな」と思っていたギボウシの鉢も
ぎゅんぎゅん芽が伸びている。



中学時代の友人なら、私が下痢だと聞いたら「またか」と思うだけだろう。
二十代の友達が聞いたら「呑み過ぎたんだろ」と言うだろうし、
三十代のバンド仲間が聞いたら「また牡蠣か」と言うだろう。

しかし子どもの頃の私は、胃腸がたいそう丈夫であった。
食べ過ぎでお腹を壊したことなど無かった。もりもり食った。おかわりした。
のどの渇きをいやすために牛乳をパックからグビグビ飲んだ。

ところが、中学時代には「ゲーリー須山」なんて異名も取ったほどになった。
なぜか。



中学時代、春休みに学校で寝泊りする春合宿というのが有った。
教室の机や椅子をすみっこに積み重ね、
床に銀マットを敷いて、その上に貸し布団を敷く。
こんな楽しいことが有るか。
夜中に屋上に出てるのを先生に見つかって叱られたりして。
その先生も酒臭かったりして。

中学一年の春休み。初めての春合宿。
全員が音楽室に集められ、先輩から説明を受けていた。
中高一貫校だったから、先輩は四月から高校二年になる学年だ。コワい。

初めての春合宿だし、説明を聞かなきゃ。
ウッ、でも気分悪い。
でも先輩コワいし。
ウウでも気分悪い。

私は部屋の外に出た。

それからどんなふうに出たかはよく憶えていないが、
とにかく下痢した。
そして、嘔吐した。
吐き過ぎたせいか、嘔吐に血が混じった。

春合宿ってどんなものか、楽しみにしていたので頑張っていたが、
教室で布団にくるまっていると、顧問の先生がやって来て「家に帰れ」と言う。
あたりまえだ。



合宿の前日だか前々日の夕食が牡蠣フライだったんだっけな。
「おおかた牡蠣にあたったんだろ」ということになった。

後に、三十代前半の頃にもう一度、牡蠣でひどい目に遭う。
その時に調べて、ノロウイルスというものを知った。

中一の春合宿。
あの時、医者はなぜノロウイルスと言わなかったのだろう。

後にさらに調べたところ、ノロウイルスという名称は2002年にできたものだと知った。
なるほど、その春合宿は1983年のことだ。まだノロウイルスはノロウイルスと呼ばれていない。
二度目に中った時、ノロウイルスは名前が付いたばかりだったのか。
ノロウイルスの正式名称としては、初めて検出された地名を由来としてノーウォーク様ウイルス属と呼ばれるそうだ。



仰向けに寝ただけで、尻の穴から水下痢が洩れるほどであったのを憶えている。

この時以来、私はひどく下痢しやすくなってしまったのだ。
食べ過ぎただけでも壊れるし、
酒の量も過ぎると下る。
牛乳は飲んで15分くらいで下るとはなんと効果的、
ヨーグルトは大丈夫だが、ヨーグルトドリンクをうっかり多めに飲むと同様に下る。

すっかりおとなしめの胃腸になってしまったのだ。



身体はいっぺん故障すると、そこが弱みになることが有る。
気を付けよう。
なんて殊勝なことを言えるうちだけでも言っておこう。
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