それまで苗字で呼ばれていたのが、
ある人が突然、「す~さん」と呼んだ。
あんまり突然呼んだことの意外さ面白さと、
田舎のスナックのカウンターの奥に居座ってそうな呼び方が馴染んだのか、
すぐにみんな私のことを「す~さん」と呼ぶようになった。
私は当時、父親との関係が悪化していった頃だった。
分籍しようか苗字も変えようか、などとまで考えていたので、
苗字ではなく通り名で呼ばれるのは心地良く受け入れた。
※
犬の散歩で知り合った人が、
「ウーゴくんのママ」などと私のことを呼ぶ。
率直に言うと、ゲボ出そうなくらい不快である。
ママ?
産んでねえし。
ママ?
育ててもいないし。
百歩譲って、
前の犬は仔犬の時から育てたので、
親心のようなものが無くもなかった。
しかし、犬は、犬だ。
飼い主は、飼い主である。
犬と飼い主という関係であること、
犬と人という異なる動物であることを
忘れてはいけない。
犬を飼うということは、人間社会の中で犬が生きていけるように
飼い主が責任を負う、ということだ。
犬を飼育して、手懐けて、教育する必要が有る。
ママ♪ワンちゃんは家族♪
じゃない。
だから、
「ウーゴくんのママ」と呼ばれると気持ちが悪いのだ。
※
加えて、私は性自認が身体的な性と違っている。
傍目にはおばちゃんに見えるかもしれないが、
中身はなんでもない。
女性の身体に激しい違和感を抱きながら生きている。
だから、「ママ」と明らかに女性のジェンダーである呼び方をされると
反吐が出るのだ。
※
歯に衣着せぬように心掛けて書きました。
やはり人前では服を着たほうがいいですね。
※
そんなわけで、
「す~さんと呼んでください。」
と言うようにしている。
英語の人にも憶えてもらいやすいのはいいのだが、
あいにく、「Oh, Susan!」と
女性の名前だと認識されてしまって一長一短。
おおスザンナじゃないんであるよ。
※
SNSのアカウント名も、
本名の苗字と、通称名の名前と、す~さんという呼び名を
組み合わせて使っている。
私のことを「す~さん」としか知らない人も多いからだ。
鈴木さんなのか須崎さんなのか須藤さんなのか
そんなこと介さずに私は「す~さん」なのだ。
※
東大仏教青年会のオンライン講座でサンスクリットを学んでいる。
日本の仏教研究者の名高い一人、斎藤明先生の講座を
毎年楽しみに受講している。
先生は、ZOOMの社会人講座でも、指す。
輪読の形を取る。
いやー、胃に悪い。緊張する。
と思っていたが、
次第に、積極的に参加する一部の参加者のみを
繰り返し当てるようになった。
ホッ。
しかし、私の向上心がちょいと鎌首をもたげた。
ある日、私は挙手して、訳に挑戦した。
しまった。
それ以来、先生は私を毎回当てる人リストの中に入れてしまったのだ。
うぇー。毎回、念入りな予習が必要になった。
毎回予習はしているのだけれど、それを更に更に念入りにし、
且つ、講座の中で挙手せねばならない。
緊張で胃袋がひっくり返りそうだ。
ある時、先生が私を指名した。
「では次、須山さん」
私はちょっともたついて、ミュートを外すタイミングが遅れた。
「須山さん、いらっしゃいませんか、
す~さーん」
わーい!
日本屈指の仏教学者に、す~さんて呼んでもらえた!
ゲラゲラ!
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