同僚M君と会社を出るとまだ明るい。「ショットバーでグラッパでもひっかけて帰るか」と誘うと、彼は「サバティーニのグラッパはおいしかったなあ。一度行かないか?」という。M君はかの名店サバティーニに顔がきき、よく利用しており何度か飲んだグラッパの美味しさが忘れられないと言う。
サバティーニといえばイタリア料理の最高級店で、何を飲んでも美味しいのだろうが、最高級店であるだけにグラッパというのはピンと来ない。確かにグラッパはイタリア産蒸留酒でワインを蒸留したブランデーの類であるが、グラッパはブドウの搾りかすを発酵させたアルコール分を蒸留して造るので、日本でいえばいわゆる「粕取り焼酎」だ。事実、私の体験したイタリアでは、グラッパは最も大衆的な飲み物で、夕方になると軒先に集まりがやがや語り合いながら飲んでる酒という印象だ。
「まあ、サバティーニは別の機会にしよう」ということになり、近くのイタリアン・リストランテ『タルタルーガ』に入る。生ハムやチーズ、若鶏のカルパッチョなどでワインを1、2杯飲んで待望のグラッパを注文すると、“バッローロのグラッパ”と名前は忘れたが〝マスカットのグラッパ”があると言う。これはいずれも特徴があり美味しかった。後者はマスカット葡萄の香りが強く残り、前者は褐色に色づいてブランデーの気品を備えていた。一般にグラッパは樽熟成などしないので無色透明であるが、この“バッローロ・グラッパ”がブランデー色を帯びているのは樽熟成をかけているのだろう。
つまり、日本のイタリア料理店で供されているグラッパは、いずれも高級品なのであろう。粕取り焼酎どころか高級焼酎の「森伊蔵」並なのかもしれない。お代は前者が800円、後者が630円で森伊蔵ほどではないが。
少し認識を変えたのであるが、私は、イタリアの普通の人たちが(むしろ下層の人たちが)夕方の軒先や、バールで立ち飲みしているグラッパに郷愁を感じている。