駅の近くには目黒川が流れていた。
ガード下には食べ物屋が店を連ねていた。
まだ古い東京の街が駅前に広がっている頃だった。
東横線中目黒駅。
麻理絵と一緒にそこに住むようになったのは何時の頃からだったか。
4畳一間のボロアパート。
だがそこには幸せが満ちていた。
夢の大きさだけは誰にも負けなかった。
他に家電製品は何もなかったが、アイロンだけは麻理絵の自慢だった。
折り目のついた洗濯物をたたむ麻理枝の背中は幸せに満ちていた。
隣で爪を切りながらその横顔を見るのが好きだった。
小雨がそぼ降る師走の夜だった。
些細な諍(いさか)いで麻理絵は家を飛び出していった。
何時もの小さな口喧嘩だった。
そのうち戻ってくるのは判っていた。
しかしその夜私も其処を出た。
「さよなら」の手紙を残して・・・・・・。
◇
五 番 街 の マ リ ー へ
作詩 阿久 悠 作曲 都倉俊一 昭和48年
♪五番街へ行ったならば マリーの家へ行き
どんな暮ししているのか 見て来てほしい
五番街は古い街で 昔からの人が
きっと住んでいると思う たずねて欲しい・・・♪
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/
gobangainomary.html
出張で東京に行ってもあの街に立ち寄ることは無かった。
山手線の輪の中から外に出ることは無かった。
あの街は今でも変わっていないのか。
目黒川の近くの駅前商店街。
五番街へ行ったならば見て来て欲しい。
遠い昔のあの古いアパートを。
そこで噂を聞いて欲しい。
もしも其処が変わっていたら、其処に昔住んでた娘のことを。
「報告書」
東京に出張の用事がありましたのでご依頼の街を訪ねて見ました。
五番街はすっかり近代的な街に様変わりしていました。
街は大きなテナントビルの波に飲み込まれていました。
夕暮れの街をお洒落なボブヘアの娘達が明るく闊歩していました。
古い酒屋で五番館を尋ねて見ました。
驚いてはいけません。
街外れの裏通りに五番館は今でもありました。
ビルの谷間にひっそりと昔のままで残っていました。
バブルの置き忘れだと酒屋は教えてくれました。
マリーが住んでいた角部屋の窓には明かりは有りません。
アパートの前の小さな庭にサボテンが大きく育っていました。
きっと麻理絵が育っていた鉢植えのサボテンでしょうか。
もう五番館に棲む人の気配はありませんでした。
あの時と同じように小雨が頬を濡らし始めました。
長い髪の娘の行方は誰も知りませんでした。
報告は以上です。