タカ長のタカの渡り観察

タカが好き、山が好き、花が好き、心はいつも旅もよう。日々移ろいゆく心もようを綴るナチュラリストのつぶやきです。

今日の観察~9月16日

2012年09月16日 | タカの渡り
 今シーズン初めて観察に出かけました。

 台風が接近しているからでしょうか、朝からハッキリしない天気でした。時どきパラパラと小さな雨粒も落ちたりして、、、、。

 しかし、ハチクマのシーズンも確実に前にすすんでいるのでしょう、そのような天気にもかかわらず、タカ長がいた午前中に一度だけ良いことがありました。観察地の東側、大茶臼山方面に現れたハチクマが次々と流れてきて、、、、、。

 観察地の北の方向、C山方向へ流れて行きました。途中で、、、ときに、、、10羽くらいの柱になったりして、、、、、、。

    

 しかし、チョッと距離があるので、思い切りズームすると右のようにハチクマがかろうじて写るだけ、遠くの山を入れると、、、、、

      

 ハチクマは点のように写るだけ、いずれにしても写真にはならないところを渡って行きました。しかし、とにかくハチクマが次々流れてきたので、10倍の双眼鏡で探し、30倍のダブルスコープ、コリ吉スペシャルで確認することが出来ました。

 この写真に5羽のハチクマが写っていますから、おヒマな方は探してみてください。

 今日のところは機材の点検みたいなもので、台風のあとには本格的な(?)観察が出来そうです。と言っても皇太后の様子を見ながらですから、、、、仮に、、、、天の川のように流れてきても終日観察することは出来ません。タカ長がいるときにドラマが起こるよう願うばかりですが、、、、、、そのように勝手なことを言ったら叱られるかなぁ???

     

 次々と流れてきたハチクマの1羽がC山の松の上に止まりました。枯松の右の木の上に何か止まっているのがそのハチクマです。

 コリ吉おじさんが買った、1000mm相当にズームできるカメラではもう少しハッキリ確認できましたが、タカ長のカメラは720mm相当ですからこれが限界です。

 そのようなことを試しながら午前中の観察をおえました。

 鳥友は今夕のフライトで済州島に向かいます。ゴルフに行く娘は午後の便で福岡から済州島に行きました。ひとりタカ長だけが自町軟禁。

 何とも落ち着かない日が続きますが、、、、、わが母のことですから、、、、不平を言ってはいけないのでしょうね。


究極の認知症?

2012年09月16日 | 日々雑感
 世が世であればタカ長が済州島に向けて出発する日です。

 鳥友は予定通り飛び立ちますが、台風が接近しているので予定通り行くことが出来るか心配しています。

 わが家の皇太后は低いレベルで安定していますが、歳が歳ですからいつ何があってもおかしくありません。そのため出発の決断が出来ませんでした。

    

 これが皇太后の命の綱です。生きるだけがやっとでほとんど骨ばかりになりました。

        

 これまでいろいろあった親と子、嫁と姑ですが、、、そのことがウソのようになって、、、、、

 母の手を握ってとりとめのない会話をしています。正直言ってこれまでの人生でなかったことです。母は性格的には白か黒、両極端の人だったので、いまは家に居た頃と180度違って、素直でおとなしい、、、、普通の、、、
いや、普通よりチョッとだけよい年寄りになっています。

 この状態なら済州島にも行けそうですが、、、、親父の例もあるので、やはりそのときの喪主としては家を空けることが出来ないのです。

     

 その親父ですが満102歳を直前に他界しました。

 病院にはいっていましたが、最後の最後まで、いつもニコニコしながら車椅子で院内を動いていました。認知症は出ていましたが、、そうなってはじめと親父と息子が心を通わせたようにも思います。誰でも同じだと思いますが、明治生まれの親父は息子から見ると何となく煙たいところがあって、その上親父はもともと口数の少ない人でしたから、多くを話した記憶がありませんでした。

 いろいろなことを話したのは認知症になってからです。

 その親父ですが、死の前日も好きだった饅頭を病院の売店で買ってやり、それを食べながら病院のロビーでいろいろ他愛ないことを話し、、、、別れたのが17時頃でした。

 次の日、朝の5時頃病院から「亡くなられました」と言う電話が入りました。あっけないといえばあっけない最期ですが、、、、、

 夜、眠りについて、、、、起きることを永遠に忘れてしまった、、、、、と言うわけです。これって究極の認知症なのでしょうか?

 102歳まで生きて、、、、この最期、、、、、自分もこのような最期を迎えたいと考えさせられる親父の最期でした。

 そのことがあるので、母の容態はよく見えても遠出できないのです。自宅軟禁ならぬ自町軟禁に甘んじているのです。