京都市学校歴史博物館で開催されている「京都市における新教育の軌跡ー京都に眠る「児童本位」の教育の世界」の展示に行ってきた。明治末から大正初期の、田中勝之丞、岩内誠一、田村作太郎など、白川学園の設置の時代からその初期の京都の教育会の重鎮について、解説や写真があった。滋野小学校の特別学級、斎藤千栄治校長と、田村が担任になる前の元山が紹介されていた新聞記事、滋野国民学校の時代の学校新聞に上原昭平校長のことば(上原は二代目の京都市特別児童研究会会長、田村の『忘れられた子等』に「跋」を書いている)。京都市教育会、京都府教育会の発効の雑誌があれば、もっと深められるのだろうが、これらの雑誌は欠落が多すぎて、以後も発見されないだろう。
新教育以後の昭和戦前期あるいは戦中の特別展を期待している!
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