●コラム:消費増税後に予想される5つのシナリオ=熊野英生氏
ロイター 2014年 01月 7日
1月7日、第一生命経済研究所・首席エコノミストの熊野英生氏は、4月の消費増税後に日本経済と相場が辿るシナリオを考えるとき、実は政府の行動が隠れた変数として重要だと指摘。提供写真(2014年 ロイター)。
2014年が始まった。今、重要なのは、消費税率を8%に引き上げる今年4月以降、景気動向そしてマーケットがどう動くのかという具体的なシナリオである。
まず話を単純化して、消費増税によって景気が腰折れした場合と、反対に増税の悪影響が軽微だった場合に、それぞれ投資家たちのマインドはどう変化するかを考えてみた。
<シナリオ1:負の連鎖が起こる>
現在のアベノミクスは、財政再建と経済成長という二兎を追っている。もしも景気腰折れの可能性が高まったときには、2つの使命のうち、強く意識されるのは「財政再建が頓挫する」という印象である。
過去1年、アベノミクスがこれほどまで景気拡大に弾みをつけてきたのに、これで消費増税が成功しないのならば、15年10月のみならず、その先の消費増税も不可能に違いないと、多くの投資家が連想することだろう。
この場合、マーケットでは、国債が売られて長期金利が上昇するという悪影響と、株安・円安が同時に起こると予想される。日銀は追加緩和を迫られるが、長期金利上昇・株価下落を止められなくなる。景気もマーケットも、悪いスパイラルに陥る最悪の状況だ。
<シナリオ2:成長力が再評価される>
より蓋然性が高いのは、増税の悪影響が軽微に終わるシナリオだ。今のところ、この1年間の経済成長率は、アベノミクスの円安・株高・財政出動の合わせ技で平均3%成長が維持されている。増税によって反動減が起こっても、その悪影響は14年第2四半期に限られ、それ以降は1%程度の成長率を維持すると予想される。
このような想定通りになった場合、消費増税のハードルを容易に乗り越えたということで、多くの投資家の景気認識は、日本経済の成長ポテンシャルが予想以上に高いという見方に塗り替わるだろう。増税という不確実性を払しょくした企業は、一気に設備投資を積み増し始める。15年10月の消費増税に対する警戒感も薄らぎ、家計・企業の支出・投資行動は前向きになる。
マーケットの反応は、株価上昇になるだろう。日本の成長ポテンシャルが高まるという認識が広まれば、対日株式投資は増加する。為替に関しては、企業が価格転嫁に対する自信を深めることが、インフレ率を予想以上に上昇させるという見方につながり、「物価上昇=円安」という流れを生むだろう。長期金利は、いく分上昇するだろうが、日銀の国債買い入れによる抑制が働くと予想される。
上記の2つのシナリオをまとめると、景気腰折れの場合には財政再建が危ぶまれ、対照的に、影響軽微の場合は成長力の再評価が起こるという見方になる。
ただ筆者は、実際の変化は、想定を単純化した2つのシナリオよりも、もっと他の要因が重なり合うとみている。以下では、より詳細な3つのシナリオを検討したい。
<シナリオ3:アベノミクス以前に逆戻りする>
3つ目のシナリオは、景気腰折れでもなく、影響軽微でもなく、「腰折れではないが、それなりに景気に悪影響が及ぶ」という状況である。
たとえば、家計消費は低迷、企業は好調というパターンだ。家計消費は増税の反動減が根深く、耐久消費財の購買意欲が高まらずに低調な状況が続く。一方、企業部門は輸出拡大を軸に生産活動が好調を維持できる。この状況は景気腰折れではないが、政府は景気刺激策を打つような対応を迫られる。財政は悪化して、財政再建は遠のくという見方になる。
マーケットの変化を予想すると、この場合には円高・株安に向かうだろう。個人消費のダメージは、デフレ懸念につながって円高要因になる。15年10月の消費増税は延期される公算が高まり、財政リスクの高まりから対日株式投資は減少する経済環境は、アベノミクスが始まる以前の11年から12年のような低迷した状態に逆戻りすることになろう。
<シナリオ4:行き過ぎた景気刺激策がとられる>
経済政策動向を考えると、景気がある程度好調であるのに、安倍政権が景気腰折れを過度に警戒して、追加的財政出動を行う可能性はある。そこでは、日銀も追加緩和に踏み切る。
このケースは、財政再建の目処が立ちにくくなるが、景気は刺激策が「上げ潮」役を演じてより拡大に向かう。インフレ率はさらに高まって、円安は進み、株価も上昇するだろう。長期金利は日銀の金融緩和によって低位安定が保たれる。
もっとも、この場合、財政再建の目処は遠のくので、15年10月以降も消費税率を上げる必要に迫られる。増税継続の予想は、日本経済の成長期待を押し下げる。すぐに株価・為替を悪い方向に変えることにはならないが、前向きなマーケットの反応をより小さいものにする。
筆者は、2番目に挙げた「影響は軽微」というシナリオと比較して、こちらの可能性が高いとみている。財政再建が進むほどに、逆に財政規律は緩んで、結果的に経済成長と財政再建のバランスは望ましい状況にはならない。
<シナリオ5:投資家の情勢判断が揺れ動く>
ここまでのシナリオは時間の経過とともにひとつの流れに収束するケースだが、収束せずに投資家の予想が揺れ動くこともあり得る。
たとえば、今年4月に消費税率が上がると、即座にその後の景気情勢が見通せるわけではなく、最初は悲観論が支配的になる。今年5月から6月までは反動減が厳しく表れて、見極めに時間を要する。そのとき、景気悲観論に反応して、マーケットが一時的に株安・円高に向かう可能性は十分にある。
もっとも、7月以降、多くの投資家が景気情勢に自信を取り戻すようになると、株高・円安方向に戻ってくる。その場合も、4番目のシナリオと同じように景気刺激策が追加されるだろう。
上記の5つのシナリオを確認していくと、どのようになれば、適切なのかという「加減」がわかってくるだろう。最も好ましいのは、増税の影響が軽微に終わり、かつ財政刺激を抑制するケースである。消費増税後のシナリオを考えるときには、実は政府がどのように行動するかが、隠れた変数として重要である。
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。 |