●【日本の議論】半世紀続く「一票の格差」訴訟 最高裁が“伝家の宝刀”選挙無効判決を出す日は来るのか
産経 2014.12.29 17:00 (1/5ページ)
「1票の格差」訴訟で東京高裁へ提訴に向かう升永英俊弁護士(前列中央)ら=12月15日、東京・霞が関
選挙の正当性は、またも司法判断に委ねられることになった。12月14日に実施された衆院選をめぐり「人口比例に基づかない区割りで実施され、選挙区間で投票価値に差が生じたのは憲法違反」として、選挙無効を求める訴えが全国一斉に起こされた。半世紀以上も国政選挙のたびに繰り返されてきた「一票の格差」訴訟。司法の警告に対し、国会の是正は「小手先」との批判も根強い。最高裁が無効判決という「伝家の宝刀」を抜く日は来るのか。
「衆院解散より選挙無効の方が混乱少ない」と司法に“決断”迫る弁護士
「295選挙区を無効にしても解散よりは社会的混乱が少ない。もう混乱を理由に事情判決は書けない」
投開票翌日の15日。升永英俊弁護士は東京・霞が関の司法記者クラブで、全選挙区で提訴したことを報告し、こう意気込んだ。
一票の格差訴訟では(1)著しい不平等状態にあるか(2)是正のための合理的期間を経過したか-に着目し、いずれも該当しなければ「合憲」、(1)のみ満たす場合は「違憲状態」、(1)(2)を満たせば「違憲」とされる。
原則として憲法違反の法律は無効となるが、違憲と判断した場合でも、公益に重大な障害が生じる事情がある場合に無効を回避するのが「事情判決の法理」だ。
元々は行政事件訴訟法にある規定だが、最高裁は昭和47年衆院選を「違憲」と判断した51年判決の中で、これを選挙無効訴訟に初めて適用。60年判決でも、58年衆院選が同様に「違憲だが選挙は有効」とされた。
なぜ無効は回避されてきたのか。理由に挙げられてきたのが「憲法の予定しない事態」、つまり社会的混乱を避けるためだ。事実、「無効にすれば訴訟対象となっている一部選挙区の議員だけが失職することになる」と、一部の民意が法改正などに反映されなくなることを懸念する声もある。
これに対し、升永氏らが狙うのは事情判決封じだ。
升永氏は言う。「今回、無効判決が確定すれば失職するのは一部でなく全選挙区。そして選挙区選出議員295人がいなくなっても比例選出の180人は残るから、これまで通り予算も組めるし条約も結べる」。
事実上、全議員がいなくなる解散と比較し「無効にすると混乱が起こると日本全国が思い込んでいるが、解散より混乱は少ない」と説明。公職選挙法に基づき、最高裁判決まで「100日裁判」を求めている。
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かつて「衆院3倍未満、参院6倍未満」が許容範囲と言われた時期もあったが、この「相場」も崩れつつある。升永氏は「動かないはずの山が動いた」と評価。「5年かかったが、民主主義国家の実現という、不可能と思われていた目標に近いところまできている」と話す。
訴訟起こし半世紀、差し止めにも挑戦
一票の格差訴訟の老舗として知られるのが、山口邦明弁護士らのグループだ。過去に例のなかった訴訟を越山康弁護士が起こしたのは昭和37年。越山氏が平成21年に亡くなった後も山口氏が活動を継いできた。
選挙無効訴訟で初の事情判決が出た昭和51年の最高裁判決にも立ち会った。新聞の1面で「政治構造ゆるがす」と報道される、歴史的判決だった。「当時は主文を聞いてもよく分からなかったが、『何かいい判決だったらしい』と仲間と祝杯を挙げた」と振り返る。
その後、選挙のたびに訴訟を起こすのが恒例となったが、60年の事情判決後、衆参ともに多くの選挙で「合憲」とされてきた。国会も小幅是正で一時的に格差を縮めるのみで「あまり変化のない訴訟を続け、忍耐の時だった」という。
スタイル変化があったのは平成23年。最高裁が衆院選で都道府県に1議席を割り当て残りを人口に応じて配分する「1人別枠方式」が格差の主因と指摘。24年には参院選でも、都道府県単位の選挙区で議員定数を決める現行制度の見直しを求めた。
「何倍という数字にかかわらず、最高裁が踏み込んで判断するようになったことは大きな意味があった」
一方、訴訟の進展は「一進一退、場合によっては堂々めぐり」と冷静に分析する。「結局、最高裁は勇気がなくて無効判決は出せないんじゃないか」との思いもあるという。「無効を出した時にどういう影響が起こり得るのか議論を深める必要がある。そうでなければいつまでも無効判決は出せない」と山口氏は言う。
24年衆院選からは事前に選挙差し止めを求める訴訟も並行して起こしている。
無効判決に踏み込まぬ最高裁…「いずれ司法に非難」の声
最高裁は衆院で21、24年選挙、参院で22、25年選挙を立て続けに違憲状態としたものの、違憲判決は昭和58年衆院選を最後に出ていない。特に違憲状態とされた平成21年衆院選と同じ区割りで実施された24年衆院選すら違憲とならなかったことは、関係者を落胆させた。
無効ほどのインパクトはないにせよ、違憲判決であれば、国会へ違憲状態よりもさらに強く是正を促す意味がある。一方で、違憲状態判決が繰り返されてもいまだ格差を抜本的に解消できていない状況に、あるベテラン裁判官は「違憲判決まで出して国会に無視されたら、司法の権威には相当ダメージだろう」と話す。
元最高裁判事の浜田邦夫弁護士の見方は「違憲状態の判決は司法による『お墨付き』と受け止められているのが現状だ。どうせ無効は出せない、と甘くみられている」と手厳しい。
他方、「出るはずがない」とされてきた無効判決が高裁で3件出され、今年11月の最高裁判決でも山本庸幸(つねゆき)裁判官が「無効にすべきだ」という意見を述べるなど、変化の兆しもある。山本氏は具体的な無効の範囲についても検討。「議員1人当たりの有権者数が全国平均値の0・8を下回る選挙区の議員は身分を失う」とした。
こうした動きを浜田氏は「訴訟が長年続けられてきたことで、司法の意識も変わってきたのではないか」とみる。浜田氏は「国会に自浄作用がないことは明らかで、最高裁に求められるのは無効判決を出す勇気だ。司法の役割を果たさなければ、国民の非難の目はいずれ司法に向くことになるだろう」としている。
12月の衆院選については来年末までに最高裁で統一判断が示される見通しだ。
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