●ネット上の「自分」消せるの? 情報独り歩き、追跡困難
日経 2012/1/14付
エコノ探偵団 (1/3ページ) 2012/1/14付 小サイズに変更javascript:void(0)中サイズに変更javascript:void(0)大サイズに変更javascript:void(0)印刷
「インターネット上の日記に10年前載せた写真が最近、自分の知らないうちに別のネット掲示板で見つかり、びっくりしました」。近所の男性会社員の相談に探偵、松田章司が興味を示した。「どうすればいいのか調べてみましょう」
相談者の男性は、問題の写真をネット検索で見つけたという。「消してもらうことはできないのかな」
■管理者に依頼
グーグルの削除依頼ページ
章司は検索サイト大手のグーグルに問い合わせてみた。すると、著作権侵害や個人情報の漏洩など、法的に問題のある情報は、申請があれば調査したうえで検索結果から削除すると答えが返ってきた。削除申請のためのページも用意している。
「ただし」と担当者が続けた。「検索結果は削除できても、その情報自体が保存されているページは、そのサイトの管理者に連絡して削除してもらう必要があります」。管理者の連絡先が分からなかったり、海外の業者だったりすると、実際に削除してもらうのは簡単ではないようだ。
章司は知り合いのツテをたどり、1995年ごろからネットを利用している東京都内在住の会社員、川瀬充さん(46)の話を聞くことができた。「かなり前に掲示板などへ登録した文章や写真が検索で見つかることはよくあります」と川瀬さん。消したはずのものが別の場所で保存されていることもあったという。
マイクロソフトがパソコン用基本ソフト(OS)「ウィンドウズ95」を発売した95年から、日本でもネットが本格的に広がった。総務省の統計によると、国内の利用者数は97年末に1155万人。その後は携帯電話でのネット利用の普及もあり、2010年末に9462万人まで増えている。
ネット上の情報は爆発的に増えたが、検索サービスが高度になり、情報を探し出すことは簡単になった。「でも、自分の情報を制御しきれなくなっている感覚があります」。川瀬さんは打ち明ける。
紙に記録してやり取りするしかなかったころも、自分の情報が名簿業者などを通じて知らないうちにコピーされてしまうといった問題は起こっていた。しかしネット時代が到来し、情報を大量にコピーしたり送ったりすることがはるかに低コストかつ短時間でできるようになった。検索によって他人の目に触れる機会も確実に増えている。
■他人が流出も
「一度出てしまえば、取り返したり、無かったことにしたりするのは無理だと思った方が良さそうだな。自分で発信しなくても、他人が写真などを流してしまうこともありそうだ」。章司が腕組みをして考えていると、持っていたスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)に同僚の深津明日香から着信があった。「そのスマホの設定をすぐに確認した方がいいわよ」
昨年、スマホが急速に普及した結果、思わぬ問題が持ち上がっているのだという。明日香が横浜市在住の男性(36)に聞いたところ「自分でそういう設定をした記憶はないのですが、スマホのカメラ機能で撮影した写真が自動的にすべて写真共有サイトに送信されてしまいました」。全地球測位システム(GPS)機能を作動させていると、撮影場所さえ分かってしまう。
「情報管理には細心の注意が必要なようです」。章司が事務所の所長に報告すると、所長がぼそっとつぶやいた。「もし自分が死んだら、自分がネットに残した情報はどうなるんだ?」
■遺族が削除依頼も可能
フェイスブックの「追悼」申請ページ
章司は再び調査に走り出した。交流サイト(SNS)の世界最大手、フェイスブックの担当者に尋ねると「利用者が亡くなった場合、遺族から申請があれば登録を削除します。遺族や友人が希望すれば、生前に残したページを元にして『追悼ページ』に移行することもできます」と教えてくれた。追悼ページはプライバシー保護のため、家族や友人だけが読み書きできる。日本人のページもある。
フェイスブック以外の企業も、遺族の申請で登録を削除することが多い。一方、そのまま残ることもある。08年に亡くなったタレント、飯島愛さんが書いていたブログ(日記)は今も大勢のファンがコメントを書き続けている。
■ネット銀注意
「そういえば、ネット銀行の預金口座も自分が死んだあとで問題になりかねないな」。亡くなった人が預金口座や証券口座をどこに持っていたか分からず、相続手続きの障害になる例は以前からあった。しかしネット銀行やネット証券は取引の情報がパソコンの中にしかない場合も多く、遺族が口座の存在に気付かない可能性がずっと高くなる。
金融機関によって異なるが、通常は取引が無いまま10年以上経過すると休眠口座扱いになる。その後も払い戻し請求はできるが、口座に残っていたお金はいったん金融機関の利益に計上される。ネット銀行やネット証券各社は開業してから歴史が浅いため、名義人が亡くなって休眠口座になる事例はまだ少ないようだ。
だが、米国では昨年、ネット銀行などのID(利用者名)とパスワードを自分の死後、遺族にメールで知らせるというサービスが登場していた。「日本でも近いうちに同じようなことになりそうだな」
相続問題に詳しい三菱UFJ信託銀行トラストファイナンシャルプランナーの灰谷健司さん(50)に相談すると「複数の銀行や証券会社に資産を分散している人も多く、注意が必要です。メモ書き程度でも預入先の一覧表を作っておくべきでしょう」とアドバイスしてくれた。
◇ 「スマホの写真の管理、所長も気をつけたほうがいいですよ」。事務所に戻った章司の言葉に、所長がうなずいた。「もし新年会で酔っぱらった君の写真がネットに流れたら、事務所の信用が落ちるかもしれないからな」
<パスワード管理>「使い捨て」利用も一手
使い捨てパスワードを利用できるケースも(三井住友銀行のパスワード生成器)
ネット上の自分の情報を守るうえで欠かせないのがIDとパスワード。ネット利用が広がるにつれて、複数のサービスで同じIDとパスワードを使い回すことが問題になっている。なんらかの理由でパスワードが他人にわかってしまうと、被害が大きくなるからだ。
野村総合研究所の調査によると、16歳以上69歳以下のネット利用者の26%が「複数のサイトですべてのIDとパスワードをひとつに統一する」と回答。「いくつかのID・パスワードの中から選んで設定する」という回答(67%)と合わせると、9割以上の人が複数のサイトで1つのID・パスワードを共用している。
別々のID・パスワードを使うほうがよいとわかっていても、数が多くなれば覚えきれない。この問題を解決する手段の一つが「使い捨て(ワンタイム)パスワード」だ。1回だけ使えるパスワードを1分ごとに変更して表示するワンタイムパスワード生成器を利用することで安全性が高まる。また、指紋認証などパスワード以外の手段を使う方法もある。
しかし、こうした手法はコストの問題などもあり、まだ広く普及するには至っていない。
(編集委員 宮田佳幸) |