母は
私のことを覚えていた。
会話も成り立った。
ところどころ噛み合わなくても
十分会話できる。
ダメなのは
絵を見て、それが何なのか
思い出せないことぐらいか。
大根の絵を見て、それが何なのかを
思い出すのに四苦八苦する。
「ダ」と最初の文字を言うと
大根、と答えられる。
買い物はできない。
文字も毎日練習しないとダメとのこと。
ますます忘れてきた、と言っている。
文を合わせることも儘ならない。
例えば
明日
私は
山田さんの家を(訪れる)
というのを完成したいのだが
訪れるという選択肢があっても
入れることができない。
それでも
驚くようなことは覚えていたり
私を見送るときは
必ずと言っていいほど
「これからあなたたちは長生きしなければ
ならないので、ネコは減らす方向で」
なんて
私の一番いやなことを忠言挨拶にして送り出す。
いつも
襟を正して(文字通り)
その言葉を言う。
私はそれに関しては聞く耳持たず、だ。
なぜなら価値観の違いだからね。
私は
夫よりもネコを優先している。
夫も私よりもネコを優先している。
彼女たちは私たちの手を借りないと
生きられないのだから。
だから
母の頭の中は
きちんと言うべきことは正常に回って口から出てくるし
普段の会話も成り立つのだ。
ただし
勉強(日常の何でもないこと、買い物で何を買うかとか、お金を幾ら払うとか、
おつりはいくらかとか、料理するとき何を材料にするかとか)の
範囲のことはダメらしい。
おそらく
カレーを作れ、と言っても
カレーに何を使うか、もうわからないだろう。
あれほど、料理がおいしいと皆に褒められてきた母なのに。
病名は
癒着性腸閉塞だった。
母は
過去2回、大きな開腹をしている。
その関連かどうかわからないけれど
7月に入って
ずっとお腹が痛かったそうだ。
でもまた我慢して病院に行かない。
とうとう父に強制的に連れられて病院に行って
レントゲンを撮ると
酷いことになっている、大きな病院へ救急搬送とのこと。
点滴治療をしているが、この先は様子を見る。
昨日はベッドに腰かけて
話すことができたし
トイレにも行けるようになった。
親不孝な私である。