信じる心が子どもの「自信」を育む

2022年09月23日 11時23分10秒 | 新聞を読もう

▽「どうしても円熟という言葉で現さねばならぬものがある」
「円熟するには、絶対に忍耐が要る」
円熟は空想や自負にではなく「固く肉体という地盤に根を下ろしている」のであって、何かが熟してくるには時間がかかる。
その「忍耐を追放して了(しま)えば、能率や革新を言うプロパガンダやスローガンが残るだけだ」評論家・小林秀雄

▽「読書は黄金の輝き」
「読書は勝利の源泉」
「読書は幸福の伴侶」

読書で思索を深める時間を持ちたい。
良書に親しむことは、それ自体が喜びであり、価値創造の根幹の力になる。

▽人に尽くす生き方の中に、幸福がある―そのことを実感する。

▽一念が変わると、不思議と心が軽くなるものだ。
内気で口下手な性格も人のために動けば変わるものだ。

▽多くの人との関わりの中で自らの生命は鍛えられる。

▽子どもたちの伸びゆく生命の輝きこそ、何ものにも勝る人類の宝であり、世界の希望なのだ。

▽「自分自身に満足している」内閣府の2018年調査で、調査対象7か国中、日本は最下位。

健全な社会建設のため、何より子どもたちの幸福のために「自信」を育んでいくことが不可欠だろう。

▽子どもたちは必ず成長していく。
今の状況だけで決めつけてはいけない。

▽全員が自分にしかできない使命を持っている。

▽未来に羽ばたく使命を自覚するとき、才能の芽は、急速に伸びることができる。


新装版 考えるヒント

2022年09月23日 11時09分27秒 | 社会・文化・政治・経済

小林 秀雄  (著)

<この本の読者は、読むほどに、かつてないようなかたちで、精神が躍動しはじめるのを感じておどろくにちがいない>(江藤淳「解説」より)

「良心」について、「平家物語」、「花見」…。
さりげない語り口で始まるエッセイは、思いもかけない発想と徹底した思索で、読者を刺激し新たな発見を与える。

日本を代表する文学者、思索者による永遠に読み継がれるべき名著が活字が大きくなった新装版で登場。
目次の一部 常識 福澤諭吉 ヒトラーと悪魔 プラトンの「国家」 青年と老年 言葉 漫画 歴史 批評 役者 プルターク英雄伝 お月見 スランプ さくら ソヴェットの旅 井伏君の「貸間あり」読者 天の橋立 季

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

小林/秀雄
1902(明治35)年東京生れ。東大仏文科卒。29年、雑誌「改造」の懸賞論文に『様々なる意匠』が入選。
以後文芸批評家として活躍。53年に『ゴッホの手紙』で読売文学賞、58年に『近代絵画』で野間文芸賞、78年に『本居宣長』で日本文学大賞をそれぞれ受賞。59年に芸術院会員となり、67年に文化勲章を受けた。83年3月没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 
 
 

多分野に渡る随筆を1冊にまとめた本。
教養を身につけたい人には向いていると思う。古く格調高い文体も好印象。
 
 
 
色々と考えさせられます。本を読む楽しみが蘇ってきました。
 
 

考えるヒント。江藤氏の解説では、「言葉」、あるいは「歴史」の実体に、かつてないほど近く迫りつつある、その深い活発な精神の運動が、平易な感想文のかたちで表現されているとする。
本書では、本居宣長論で古事記に迫った精神の運動の背景が垣間見られるようである。
「歴史」の章では、「生命と言おうと心と言おうと、それはどうでもよいが、もっと大きな或る名付け難い実体のうちに、私達が在るのを誰でも感じている」とし、その実体が各人各様に現れているという。
youtubeの講演でも見られるが、そのためか、小林はどの時代の出来事であれ、過去に遡り言葉の言霊を感じる力が強かったように思われる。
 
 
 
たぶん、若い頃に何度か読もうとしたのだと思うが、数行で挫折してきたのだろう。小林秀雄の文章。
今回も、最初の100ページくらいはつらかった。
どのエッセイも、導入部でわりと卑近でプライベートな話から始まるのだが、半音ずらしでどんどん脱線していって、気が付いたらスタイリッシュなエンディング。
結局何が言いたいのかわからずじまい。
冒頭のあのエピソードってはたして必要だったのか?
 結局、3行くらいで終わる愚痴や小言をわざわざ難しく他人の言葉を借りてまで引き延ばしているんじゃないの? 
これが批評なのか? と毒づきながら読んだ。
これがいいという人もいるのだから、文体というのはつくづく生理的なものなのだと思う。
それが「役者」「ヒットラーと悪魔」「平家物語」「福沢諭吉」のあたりからどういうわけか急にスッとはいってくるようになり、たとえばこういうフレーズを楽しみながら読めるようになった。

感情がたかぶらなければ、井上君は目に涙を溜めやしないが、たかぶるのは日常現実の感情ではあるまい。芝居の秩序に従って整頓された感情であろう……新二郎に成り切りながら、見物の眼をはっきりと感じとっている。

彼は骨の髄まで仮面である。悪魔は仮面を脱いで、正体を現したという普通な言葉は、小悪魔にしか当てはまらない。

人間は侮蔑されたら怒るものだ、などと考えているのは浅薄な心理学に過ぎぬ。…本当を言えば、大衆は侮蔑されたがっている。

ヒットラーは一切の教養に信を置かなかった。一切の教養は見せかけであり、それはさまざまな心理を語るような振りをしているが、実はさまざまな自負と欲念を語っているに過ぎないと確信していた。

彼[ヒットラー]は政治家だったから、権力という言葉が似合うのだが、彼の本質は、実はドストエフスキイが言った、何物も信じないという事だけを信じ通す決心の動きにあったと思う。

「平家」の語る無常観というよく言われる言い方を好まない。
「平家」の人々は、みな力いっぱい生きては死ぬ行動等であって、昔から「平家」に聞き入る人々の感動も、その疑うべくもない鮮やかな姿が、肉声に乗って伝って来るところにあったであろうと考えている。

矛盾は、却って、安易な分析の結果現われるのである。

怨望家の不平は、満足される機がない。自発性を失った心の空洞を満すものは不平しかないし、不平を満足させるには自発性が要るからだ。

ヒットラーや平家物語を語るときの小林の文章は滑らかで、熱がある。
ヒットラーも平清盛も、巨大エゴを誰に遠慮することなく振りかざして生きた人物だ。
人は自分と対極の人には嫉妬しない。むしろ憧れる。
小林秀雄という人は、ふつうにものを書いているときはどうもなにか(というか己)を隠しながら自分のもっとも深い所にあることを上手に言おうと苦心しているような、非常に不器用な文筆家、という印象を受ける。
こういう不器用なかたちでしか、文章によって自己を昇華できなかったのだろうか。
そこに魅力を感じる人の気持ちも理解できなくもない……みたいな、小林の文章はたとえばそういうまわりくどい表現をする。
 
そういう不自由な感じがないのが朝日新聞に発表されたエッセイを集めた「四季」のパートのエッセイだ。なんだ、こういうあっさりとしていながら余韻の残る文章も書いているのか、少しだけ親近感を覚えた。それぞれの人に合ったスタイルの文章というものがある。
これらのエッセイを読んでいると、冒頭の何篇かでかんじた気難しい衒学的説教屋のようなイメージは消え去り、まなざしの細やかな文学者の像が浮かんでくる。
皮肉屋ではなく褒めたがりなのだ。「批評」というエッセイでこんなふうに書いている。

批評文としてよく書かれているものは、皆他人への讃辞であって、他人への悪口で文を成したものはない事に、はっきりと気附く。そこから率直に発言してみると、批評とは人をほめる特殊の技術だ、と言えそうだ。

批評は、「非難でも主張でもないが、また、決して学問でも研究でもないだろう。それは、むしろ生活的教養に属するものだ」とも言う。

なるほど、批評は生活的教養である。無理をしてでも読み進め、読み通してよかった、と思える本はほとんどないが、本書はその数少ないうちの一冊だった。
 
 
小林秀雄の文章は難解だと言われるが、この本は比較的短くてわかりやすい文章が集められており、小林秀雄の中では読みやすい本だと思う。

短編エッセイを集めた本とは言っても、やはり小林秀雄の文章であり、考えさせられるような記述やハッとさせられるような考察にあふれており、読んでいて楽しい本である。

私はこの本の中でも「人形」という見開き1ページで終わってしまうくらいの超短編のエッセイが好きで、たまに読み返している。怖いような、悲しいような、あったかいような不思議な気持ちにさせてくれる話で、ふとした時にもう一度読み返したくなる味わいをもった良い文章だと思う。
 
考えることの基本がわかる.繰り返し繰り返し読むことが秘訣.旅に必携の文庫.
 
 
内容が私には難しすぎました。
昭和30年代の作品であり当時の知識を持った人というのはこういう思考で物事を考えてたのかな?と言った感想です。
ソ連や東ドイツが出てきますし、イワンデニソービッチの一日やドストエフスキーは高校時代の読書感想文を書くために読んだことを覚えています。
ここで非常に強く感じたのは、この本やロシアの難解な文学を読むのが教養なのか?
高校生の私の本を嫌いにさせるような本を読む必要が有ったのか?と言うことです。
明らかに私には難しすぎました。
今は簡単に読める本が溢れています。そうした本で読書の習慣を付け、文学が好きな人は難しい本に、そうでない人は簡単な本で知識や考え方を深めていけば良いじゃないか?と思います。
今の高校生がどんな本を読まされているのか分かりませんが、難易度は読むべき本を選択するのに重要な指標だと感じました。
 

 


問題を矮小化 旭川女子中学生いじめ凍死事件

2022年09月23日 10時36分16秒 | 事件・事故

旭川女子中学生いじめ凍死事件は、2021年2月に発生した北海道旭川市の旭川市立北星中学校の女子生徒に対するいじめ、集団性的暴行により当該女子中学生の死亡につながったと報道されている事件である。

経緯
事件

当該女子中学生は2019年4月に北海道旭川市の旭川市立北星中学校に入学して間もなく、数人の中学生男女らにいじめられるようになった。
その中の他校の男子中学生に「裸の動画送って」「写真でもいい」「お願いお願い」といったLINEメッセージによる脅迫を受けた。

被害者は恐怖を感じて自身のわいせつ画像を当該男子に送り、その画像が中学生のLINEグループなどに拡散され、後日呼び出されて自慰行為を強要されるなどいじめが激化した。
その後、被害者はいじめグループ10人近くに囲まれ、2019年6月22日にウッペツ川へ飛び込み、警察が出動した。

いじめグループは警察に「母親の虐待が原因で飛び込み自殺未遂をした」と説明したため、警察は母親が被害者に付き添って病院へ行くことを拒んだ。

しかし、「被害者は友達だ」と説明していたいじめグループから被害者宛てに心配するメッセージや着信が一切ないことを不審に思った警察は被害者のLINEを確認。
残っていたトークや画像からいじめがあったことを認識し、旭川中央警察署少年課が捜査を開始した。
また、母親による虐待がないことが判明したため入院中の被害者との面会を許可した。

いじめグループは、自身のスマートフォンを初期化するなどして証拠隠滅を図ったが警察は復元し、わいせつ画像やわいせつ動画の証拠を入手。
児童ポルノ禁止法違反(製造)で当時14歳未満だった他校の男子中学生の一人を触法少年扱いで厳重注意処分、その他のいじめグループメンバーを強要罪の疑いで調べたが、証拠不十分で厳重注意処分とした。
被害者は2019年9月に引っ越したもののいじめによるPTSDを発症しており、2021年2月に失踪する直前まで入院や通院をしながら自宅で隠遁生活を送っていた。

2021年2月13日、被害者は氷点下17度の夜に突然家を飛び出して行方不明になり、警察による公開捜査が行われたものの、3月23日に公園で凍死した状態で発見された。

検死により、低体温症によって失踪当日に死亡した可能性が高いことが判明している。
しかし、被害者の死体検案書の「死亡の原因」欄に、当時かかっていなかった精神疾患の病名が記入されていたことが2021年8月20日、関係者への取材で分かった。
服用していた薬から推測した誤った病名を道警が医師に伝えたとみられ、遺族の指摘を受け、後に訂正された。
関係者によると、旭川医科大の医師が3月下旬に発行した死体検案書の「直接には死因に関係しないが、疾病経過に影響を及ぼした疾病名等」欄に、被害者が当時患っていなかった「統合失調症」と記載されていた。
誤りに気付いた遺族側が警察と病院に確認した際、「いじめによる心的外傷後ストレス障害(PTSD)などで服用していた薬」から道警が病名を推測し医師に伝達、医師がそれを記入したと説明があったという。

事件後
本件に関して旭川市教育委員会や学校に300件以上の苦情の電話が相次いだことから、2021年4月22日、旭川市長(当時)の西川将人や教育委員会の委員らが非公開の会議を開き、事実確認を改めて行う必要があるとして第三者を交えた調査を行うことを発表した。

4月26日、参議院決算委員会において音喜多駿議員は梅村みずほ議員が事件について調査した結果を基にして質問に立った。
被害者の中学校が弁護士同席を拒否した件についての質問に対し萩生田光一文部科学大臣は、「親御さんからすれば自分で冷静に対応できないような状況もあって代理人である弁護士が同伴することはそんなに珍しいことじゃなくて、そこはしっかり対応すべきだと私は思います」などと答弁した。
被害者の中学校は加害生徒に聞き取り調査を行い結果を冊子にまとめている。

その開示請求を弁護士法23条2による弁護士照会制度に基づき遺族は三度行っているが拒否をされている。回答義務があるのに拒否をしても罰則がないシステムに遺族は納得していないが知る権利に対してどのように考えているかとの質問に対し、瀧本寛初等中等教育局長は、「いじめ事案の対応について一般的に学校はいじめを受けた児童生徒や保護者による(事実関係を明らかにしたい、何があったのか知りたい)という切実な思いを理解し対応に当たる必要があると考えております。

文部科学省において作成した『いじめの重大事態の調査に関するガイドライン』でも同様のむね示しております。
なお、被害児童保護者への情報提供等については、学校の設置者および学校は各地方公共団体の個人情報保護条例等に従って情報提供ならびに説明を適切に行うことが必要だと考えております」などと答弁した。
今の学校側は極めて閉鎖的な態度を取り続けているようで、4月26日7時頃からいじめのあった中学校で保護者への説明会があるそうだが、遺族には説明会についての案内がないということであり、遺族は当事者として説明会への参加を望んでいる。
当然、参加する権利があると考えているが文部科学省はどのように考えているかとの質問に対し、瀧本寛初等中等教育局長は、「『いじめの重大事態の調査に関するガイドライン』での基本的な考え方をふまえて教育委員会と学校は適切な対応をしていただきたい」などと述べた。
事態の進展によって文部科学省がしっかりと乗り出すことがありうるかとの質問に対し萩生田大臣は、「今後、中々この事案が進まないということであれば文部科学省の職員を現地に派遣する。あるいは私を含めた政務三役が現場に入って直接指導することも考えながら進めていきます」などと答弁した。

4月27日、旭川市教育委員会が、いじめ防止対策推進法第28条1による「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。」に該当するとして『重大事態』に認定した。

10月28日、衆院選出馬のため辞職した西川に代わって旭川市長となった今津寛介は市議会代表質問で「資料を精査し、いじめがあったと認識した」と答弁し、市としていじめが存在したことを認める発言を行った。
それまで市はいじめと正式に認めず、疑い事例として市教育委員会に調査を求めていたが、いじめと死亡の因果関係は「調査されることになる」とした。

2022年3月27日、旭川市教育委員会の第三者委員会が、中間報告で6項目についていじめがあったと認定した。同29日、旭川市教育長の黒蕨(くろわらび)真一が遺族に直接謝罪した。

先の中間報告ではいじめは「学校の外」のみで行われたとしていた。しかし第三者委員会が実施したアンケート結果では、いじめは学校内でも行われていたとの回答が寄せられ、遺族側の弁護団は同年6月21日、いじめは中間報告にあった6項目13件にとどまるものではなかった可能性が強く疑われるとしている。

しかし、2022年8月31日に遺族側に提出された第三者委員会の最終報告書案では、イジメによるPTSDの診断は亡くなった本人に直接話を聞けていないことを理由にPTSDと判断された経緯が明らかでないことから推測の域を出ないとし、自殺の背景を何らかの契機や心境の急激な変化があった可能性があると鬱病の可能性を示唆、いじめと自殺との因果関係も何も触れられていなかった。
これを受け旭川市は市長直属の第三者委員会を設置し再調査することを検討している。

2022年9月20日、市教育委員会の第三者委員会が取りまとめた最終報告書が公開された。
最終報告書では2022年4月の中間報告と同じく、「菓子や飲み物の代金を頻繁におごらせたり」、「性的な動画送信を求め続けたりした」行為などをいじめと認定した。

被害者が死亡したいきさつについては「自殺と考えられる」とする見解を示し、その背景には抑うつ状態が関係しその原因にはいじめや、学校での不適応に伴う孤独感の増大などが関係していると思われるとしたが、死亡といじめとの関連性については、「結局は不明のままである」と明確な判断を示さなかった

中学校の対応については、被害者がからかわれるなどしたあと、雨で増水した川に入った2019年6月の時点で、いじめの「重大事態」として市の教育委員会に報告する必要があったとして、「対応は明らかに誤りであった」と指摘した。
市教育委員会の対応については、いじめ防止対策推進法で定めた「重大事態」と認めなかったことを「法律違反になる」との見解を示し、「重大事態」としての報告を学校側に働きかけることを怠ったとした上で、「いじめ問題に関する指導を根本的に改めず、しかるべき対応をしてこなかった歴代の市教委の組織の怠慢がもたらした」と厳しく非難した。

同日、遺族側の「所見書」も概要が公開された。
所見書では、第三者委員会が生徒などを対象に行ったアンケート調査の結果で被害者が学校や教室内で無視や仲間はずれをされていたことなどが報告されていたものの、いじめと認定されなかったことについて、「被害者の精神的苦痛を無視した結論であり、到底看過できない過誤を含んでいる」と批判した。
最終報告書で死亡といじめとの関連性に明確な判断を示していないことについて、「明らかな判断の回避だ」とした。

市長である今津寛介は遺族側が最終報告書の内容を不服として再調査を求めていることを踏まえ「事態の真相解明のためにはさらなる検証の必要性を感じることから、強い意志を持って再調査を実施する」と述べ、新たに市の第三者委員会を設置して再調査を行う方針を明らかにした。

証言・問題点
証言
被害者の親族によれば、2019年4月から6月にかけて合計4回にわたり母親が2019年当時の担任教師へいじめの調査を依頼したが「本当に仲のいい友達です」などと返答された。
また被害者が担任教師へいじめの相談をした際、加害者には言わないよう願い出たにも関わらず、その日中に加害者に知れ渡り不信を抱かせた。
いじめグループが所属していた他の中学校で弁護士同席のもと2019年8月29日に「謝罪の会」が実施されたが、被害者の中学校は弁護士同席に難色を示し旭川市教育委員会による指導の末2019年9月11日にようやく許可した。母親の支援者によれば、被害者の中学校の「謝罪の会」は、教員は全員退席し録音も禁止された。
被害者の親族によれば、校内で起きた出来事ではないため、わいせつ画像の拡散に責任は負えないと、2019年当時被害者が通っていた中学校の教頭が母親に説明した。

2019年当時被害者が通っていた中学校の校長は「被害者の女子生徒は小学生の頃からパニックになることがあり、小学校から引き継ぎされていた。自殺未遂をする6月22日の2日前に母娘で口論になり公園を飛び出す出来事があった。公園を飛び出すのは自傷行為と同義のため以前から自殺願望があったのだと思う。いじめに関するアンケート調査を毎年行っているがいじめは認識されていない。今回の事件もいじめではない。自慰行為強要と被害者の死亡に因果関係はないと思う」と話した。

被害者の中学校の教頭は、「10人の加害者の未来と、1人の被害者の未来、どっちが大切ですか。10人ですよ。1人のために10人の未来をつぶしていいんですか。どっちが将来の日本のためになりますか。もう一度、冷静に考えてみて下さい」と被害者の母親に発言している。

また、被害者の母親は、被害者の携帯電話の中を確認して、問題のある写真や動画を撮影させられていた事実を把握し、それを学校側に告げたが、この教頭から「これは単なる悪ふざけ。いたずらの延長だったんだから。
もうこれ以上、何を望んでいるですか」と繰り返し言われた。
被害者の母親が「じゃあ、娘の記憶消してください」と答えたところ、教頭は「頭おかしくなっちゃったんですか? 病院に行ったほうがいいですよ」と発言し、被害者の母親が「学校に通うというのは、とても怖くてできないと思う」と言うと、教頭は「僕なら怖くないですよ。僕は男性なので、その気持ちはわかりません」と発言した。

被害者の中学校の元校長は、文春の取材で「何でもかんでも、イジメとは言えない」「当然悪いことではあるので、指導はしていました。今回、(被害者名)さんが亡くなった事と関連があると言いたいんですか?それはないんじゃないですか」「子供は失敗する存在です。そうやって成長していくんだし、それをしっかり乗り越えてかなきゃいけない」と発言した。
被害者の中学校は、被害者の保護者や旭川市教育委員会に対していじめの事実はなかったと説明した。

問題点・批判
過去にも旭川女子中学生集団暴行事件を防げず、市教委や学校の対応が後手になった反省から、同様の事態が発生した場合には迅速な対応を心掛けるようにしていたが、市教委の求めにも関わらず学校は全く対応せず被害者の死亡を防げなかった。

地元テレビ局の報道関係者によれば、被害者が凍死し、週刊文春が報道するまで一般の大手メディアが報道しなかった理由として、一般の大手メディアも事件をつかんでいたものの、自殺未遂報道はご法度なこと、加害者が全員未成年で小学生まで事件に関係していたために報道しにくかったこと、旭川市に地方都市独特の閉そく感があり、噂話が拡散して被害者を追い詰めてしまう可能性があった。

事件発生時の市長だった西川将人は、市長を辞職して第49回衆議院議員総選挙に立憲民主党公認で北海道6区から出馬した。
犯罪ジャーナリストの小川泰平は「責任放棄」と苦言を呈し「西川氏が市長を辞職して国政に出るという会見では、この地元で起きた事件については全く触れていなかったことに憤りを感じている」と批判した。
なお、西川は落選し、「公園で凍死した女子中学生の“いじめ問題”への対応などが逆風になった」と報じられた。
被害者および関係者や第三者の個人情報流出
TwitterをはじめとしたSNS上に被害者の顔写真や加害者とみなした一般人の個人情報公開が相次いだ[注 2]。実際に中学校OBの実家及び商店がいたずら電話の標的や風評被害にあっている。
被害者の友人であったOB(中学の謝罪の会にも参加しており被害女子中学生との間に、理由が明らかになっていないトラブルがあった事を文春で語った)もSNSによって加害者扱いとされ誹謗中傷も受け、ノイローゼ状態となり眠れない日々があると語った。

被害者の遺族は「第三者委員会の調査の結果を信じて待ちたいと思います。ネットリンチもまた、形を変えたイジメであり、我々は望んでいません」と述べている。

あるYouTuberは、自らが加害者であると判断した女性宅に行き話を聞こうとしたとして強要未遂で4月26日に逮捕され、5月17日に処分保留で釈放された。