早稲田大学に在籍しながら、現在は日本競輪選手養成所で、日々訓練に励む自転車部の中野慎詞選手。
2021年9月には、通常より半年早い2022年1月に競輪選手デビューが可能となる、養成所の早期卒業の候補者に選出されました。
大学では、自転車部の仲間や先生方に支えてもらったり、同じスポーツ科学部に在籍するトップ選手の活躍から刺激をもらったりしていると話す中野選手。
養成所卒業後は、日本国内で行われる「競輪」と、オリンピック競技でもある「自転車競技」の二刀流に挑むと意気込みます。
そんな中野選手に、早稲田に入学した理由や養成所の早期卒業のこと、そして今後の目標を聞きました。
――自転車に興味を持ったきっかけを教えてください。
プロ競輪選手である佐藤友和選手の存在が大きいです。
小学生のとき、佐藤選手の走りをテレビで見て、実はすぐ近くに住んでいると教えてもらい、「同郷にこんなにかっこいい人がいるのか!」と憧れを抱きました。
その後、フェラーリで競技場に通う佐藤選手の姿を見る機会があり、そこでもかっこいいと感じて。
父から「有名な競輪選手になれば、ああいう車に乗れるんだよ」と言われ、競輪選手になりたいと思いました(笑)。
田舎育ちで、小さいころから自転車を乗り回して遊んでいたので、自転車に乗るのが楽しい気持ちももちろんありましたね。
出身が雪国の岩手県ということもあり、もともとアルペンスキーに取り組んでいたのですが、中学まででやり切り、高校1年生から本格的に自転車競技に転向しました。
佐藤選手とはそれまでにも交流がありましたが、実は進学した高校が佐藤選手の母校だったことや、近くにプロ選手の練習場所があったことから、競技を始めてからは練習を見てもらったり、アドバイスをもらったりするようになりました。
そんな縁から佐藤選手にお願いをして弟子入りし、現在に至ります。
アルペンスキーに取り組んでいた、中学時代の写真。右は2015年の全日本選抜ジュニアスキー選手権大会で、7位入賞を果たしたときの様子(写真提供:岩手県スキー連盟)
――早稲田大学に進学したのはなぜですか?
早稲田大学に入りたいと思ったのは、小学3年生のとき。
いとこが通っていたこともあり、もともと大学名は知っていたのですが、2011年の箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)で競走部が優勝する姿を見たり、自転車部も強豪だと知ったりするうちに、早稲田に入りたい気持ちが芽生えました。
さらに、本格的に進路を考える段階で、早稲田大学はスポーツ科学の分野でトップレベルを誇ると知り、今後自分が成長していく上で、競技の面でもそれ以外の面でもプラスになるだろうと考え、進学を決めました。
――実際に早稲田に入ってみていかがですか。自転車部にも所属されていますね。
日本競輪選手養成所に入所する前は、自転車部で練習をしていました。
部員同士の仲が良く、特に同期とは、スマートフォンでのやりとりが制限されている今でも、公衆電話でよく連絡を取っています。
長い間一緒にいたので、自分のことをよく分かってくれていますし、競輪選手になるのを応援してくれるので、すごく励みになります。
男子スプリントで優勝した、2020年の全日本大学自転車競技大会。
左は自転車部同期との1枚(写真提供:早稲田大学自転車部)
また、先生方にも競技生活を支えていただいています。
一時期、夜に十分睡眠時間が取れないことがありました。
特に試合前などは、眠れないと焦ってしまい、さらに眠れなくなる悪循環に陥ることも。
そこで、クラス担任で、睡眠に精通している西多昌規先生(睡眠研究所所長・スポーツ科学学術院准教授)に相談したところ、「長期的な睡眠不足はパフォーマンスに影響するが、短期的な睡眠不足はパフォーマンスに大きくは影響しない。だから、もし試合前日に緊張して眠れなかったとしても、試合にはそれほど響かないから大丈夫」と教えていただきました。
その結果、眠れなくてもあまり気にすることなく試合に臨めるようになり、大いに助けられました。
他にも、先生方から栄養面でアドバイスをいただいたり、ウエイトトレーニングのメニューを組んでいただいたりすることもありました。
さらにスポーツ科学部は、さまざまな競技のトップクラスの選手がたくさん在籍しています。
例えば、東京2020オリンピック競技大会のレスリングで金メダルを獲得した須崎優衣選手は同じクラスでしたし、ラグビー蹴球部主将の長田智希選手や、競走部の駅伝主将である千明龍之佑選手(いずれもスポーツ科学部4年)は、同じ礒繁雄先生(スポーツ科学学術院教授)のゼミに所属しています。
他の競技で活躍する選手たちと関わる中で、自分とは違う考え方に触れ、それを自分の競技に生かしたり、活躍ぶりから刺激をもらえたりとすごく良い環境で、早稲田に入って良かったなと思います。