辻野弥生 (著)
四国から千葉へやってきた行商人達が朝鮮人と疑いをかけられ、正義を掲げる自警団によって幼児、妊婦を含む9名が殺害された。
映画『福田村事件』(森達也監修)が依拠した史科書籍。長きに渡るタブー事件を掘り起こした名著。【森達也監督の特別寄稿付き】
「辻野さん、ぜひ調べてください。......地元の人間には書けないから」
その時から、歴史好きの平凡な主婦の挑戦が始まった。
「アンタ、何を言い出すんだ!」と怒鳴られつつ取材と調査を進め、2013年に旧著『福田村事件』を地方出版社から上梓したものの、版元の廃業で本は絶版に。
しかし数年後、ひとりの編集者が「復刊しませんか?」と声をかけてきた。
さらに数年後、とある監督が「映画にしたいのです」と申し入れてきた──。
福田村・田中村事件についてのまとまった唯一の書籍が関東大震災100年の今年2023年、増補改訂版として満を持して刊行!
【福田村・田中村事件】
関東大震災が発生した1923年( 大正12年)9月1日以後、各地で「 不逞鮮人」 狩りが横行するなか、 9月6日、 四国の香川県からやって来て千葉県の福田村に投宿していた15名の売薬行商人の一行が朝鮮人との疑いをかけられ、地元の福田村・田中村の自警団によって、ある者は鳶口で頭を割られ、ある者は手を縛られたまま利根川に放り投げられた。
虐殺された者9 名のうちには、 6歳 ・ 4歳 ・ 2 歳の幼児と妊婦も含まれていた。
犯行に及んだ者たちは法廷で自分たちの正義を滔々と語り、なかには出所後に自治体の長になった者まで出て、事件は地元のタブーと化した。そしてさらに、行商人一行が香川の被差別部落出身者たちだったことが、事件の真相解明をさらに難しくした。
福岡県生まれ。1981年より千葉県流山在住。流山市立博物館友の会会員。『東葛流山研究』企画編集委員。
1988年、地域の文化賞「北野道彦賞」受賞。2003年、子育て後の人生を楽しむ女性の会「あしたば」創設。2006年、吉目木ひなこ氏と『ずいひつ流星』創刊。 著書に本書の旧版『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』(崙書房出版・ふるさと文庫)のほか『呉服屋のお康ちゃん奮戦一代記』が、共著に『日本ユニーク美術館・博物館』『江戸切絵図を歩く』『幕末維新 江戸東京史跡事典』ほかがある。
何が問題であるのか?
日本政府は、この事件を認めていないこだ。
つまり、政府は「負の歴史」から目を背けているのだ。
さらに、政治家たちもこの事件を語ろうとしないことだ。
「政府内に事実関係を把握することができる記録が見当たらない」松野博一・官房長官
「虐殺はなかった」とは言えないが「資料はない」という言い方で事実から逃げている。
人は、失敗や挫折、絶望などを経験し、それらを乗り越えることにとって成長する。
だが政府は、<国の威信>からだろうか、多くの事実に目を向けてこなかった。
冤罪事件もそれを如実に示しているのだ。
「この国は安倍晋三政権以降、マイナスの記憶から目を背けています」と監督の森 達也さんは指摘する。
「日本は負の歴史に向き合う映画が、ほとんどつくられていません」とも言う。
事件の特異性は加害側だけではなく、被害者側も沈黙しまったことだ。
差別される存在から被害者側は声を上げることができなかった。
つまりこの国の近代のゆがみ二つが重なった。
また、検察側は裁判で「彼ら(村人)に悪意がなかった。村を守るためにやった」という発言記録も残っている。
過去の歴史を忘れるな
何となく、過去にそんなことがあったんだぐらいの意識しかなかった。本書を読んでいろいろな証拠もあることなど、事実として確認し、衝撃を受けました。タイトルにあるように決して忘れてはいけない史実です。多くの方に読んでほしいです
よくぞここまで調べられた
よくぞ、ここまで、調べられた。このように、埋もれてしまった歴史は、世界中のあちこちにあるに違いない。
現代の、この世に生きる我々は、もちろん、先祖がいる。これらの先祖は、どのようにして生き延びてきたのか。今では受け入れられないことが、当時は常識だった、ということもあるかもしれない。人は、そもそもが、残虐な存在。でも、人は進化し、変わってきている。
福田村事件
大切な問題提起です。
本の状態も良かったです。
集団の論理から距離をおいて
映画鑑賞後、すぐ本書を手に取った。映画の森達也監督は集団の狂気に関して深い洞察を持っており、本書の冒頭にある「朝鮮人だから殺してええんか」という映画の中のセリフが全てを表現している。当時、官憲自身が流言を流し、殺人を実行していたとは唖然とするしかない。本書では事件後の裁判も明らかになっているが、実行犯である福田村などの住民たちは裁判においても殺人の正当性を主張している。映画では、被害者の一団が日本人だと確認できたあと、実行犯を組織した自警団の長が「国のためと思ってやったのに・・・」というセリフと共に泣き崩れるシーンがある。しかし、冷静にみれば、それそも貴重な労働力であった異国民(当時は国籍は同じながら)を殺す理由が国のためになるわけがなく、単に流言に踊らされて、恐怖心にかられた集団の良からぬ想像力と、その場の雰囲気から、事実確認などおかまいなしに、殺してもいいという狂気で覆われていただけだ。異常な雰囲気を集団は知らず知らずに作り出し、残念ながらそれを集団内のヒトは自覚できない。スタンフォード監獄実験においても、ヒトが役割を演じているうちに、役そのものになってしまい、体罰がエスカレートしていくという結果がでている。人間とは集団の論理には一時的にしろ、同化しこそすれ、なかなか抵抗できないのであろう。現代でも、あれだけ人類全体に影響を与えたコロナ禍において、コロナ感染症に関して飛び交った虚構、根拠不明な意見を述べる専門家の責任、理由なき妄信でSNSで他人を誹謗した人々の存在、また、そもそもコロナ感染症とは何だったのか、などの検証は、ほぼなされずに時代は進行している。実際の被害者以外は、同調して時が過ぎていくのを待った方がいいのかもしれない。歴史に学ぶとすれば、集団が暴走する際には、現実に何をすべきかを考え行動できる「したたかさ」と「教養(幅広い見識)」を日常から準備しておくべきなのだろう。したたかさとは、真っ向から集団に反抗するとムダな時間と労力を使うので、同調したふりをしつつ適切な対応をできるようプランを立てておく姿勢であり、「教養」とは幅広い可能性の中から現象を分析できる素地である。ヒトの本質が進化論的に急に変わらないとしても、(本書でも紹介されているように)関東大震災時においても、冷静に判断して暴徒から住民を守った役人もいたのであるから、集団の論理から距離をおくべく、困難は覚悟したうえで、十分な準備を思考実験としてでも、日常から我々はしておくべきなのであろう。本書を先に、あるいは映画を先に、いずれでもよいが、機会が許せば、両者共にじっくりと内容をかみしめてほしい作品である。
真実はいくつかの真実のなかに成り立つということを知った。
ドキドキしながら真実探求の旅だった。それにしても文中、同じ文章に出合い、あれっと思うことがあった。
集団心理の怖さがわかる
集団による意識統一の強要により、どのように人が変わっていくのか。
今でも続く日本特有の村文化の闇が、ここに描かられてると思う。
事実
どんなに悲惨なことであっても、事実を知ることが大切。そして、自分だったら、と想像してみることも。誰もが加害者になり得る。
タイムリーな復刊だが、映画のほうはフィクションで脚色されている
関東大震災時の流言飛語による朝鮮人虐殺は多くの文献にあるほか、当時の警察や裁判所の公文書で確定されている。
にもかかわらず、小池東京都知事は大震災記念日に朝鮮人虐殺の追悼文を止め(石原慎太郎知事までは出していた)、松野官房長官は公文書で確認できないとしらばっくれる。
こういうご時世に、映画化と併せて本書が復刊されたのは実にタイムリーである。
ただし、映画のほうはかなり脚色されているようだ。
例えば、映画で重要なエピソードとして登場するハンセン病患者は原作にはまったく登場しない。福田村の被害者達がかつては地元の香川県でハンセン病患者に詐欺的な薬種売買をしていたというものだが、これでは被害者を故なく貶めるだけでなく、ハンセン病患者の差別的境遇を脚色として利用したことになる。ハンセン病患者の描き方も、世間一般の差別偏見を助長するひどいものである。
告発映画であればこそ、ノンフィクションに徹すべきではなかったか。フィクションが少しでも混ざれば虐殺の根幹事実さえ疑問とされかねない(歴史修正主義者の手法である)。
そうした意味からも、ノンフィクションで資料多数の原作が同時に復刊されたのは時宜を得たものだったといえる。