人類の人類による宿命の転換へ

2024年01月19日 22時44分26秒 | 社会・文化・政治・経済

組織の中核となるのは青年である。

今、青年世代を取り巻く環境は、共働き世帯や単身世帯の増加、生活や価値観の多様化など、大きく変化している。

発想を変えれば、これまで以上に、青年たちが社会に関わる接点は大幅に増加している。

社会の変化に応戦し、新たな社会活動を展開する好機が訪れている。

核兵器廃絶などの人類が直面する根本的課題の解決へ、青年たちの<武器>である草の根対話で、平和の連帯を大きく広げることだ。

世界は広い。そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。

21世紀の今日もいまだ戦火に怯える子どもたちがいる。

紛争・戦争、貧困、環境問題など、それは人類の人類による宿命である。

明るい未来を展望して、青年の連帯で、生命の尊厳へ向かい人類の宿命を転換するのである。


勇気は育てるものだ。

2024年01月19日 13時11分58秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力

「勇気」の定義=恐怖に耐え、大胆・果敢になること。

ポジティブ心理学者のロバート・ビスワス=ディーナー氏も著書のなかで、「勇気」は先天的な資質ではなく誰もが習得できるものと説いています。

■ 心理学の観点

「勇気」は、心理的な影響も大いに受けています。 たとえば、カナダ人心理学者のアルバート・バンデュラ氏が提唱した「自己効力感」の高低は、勇敢な行動を可能にするか否かの違いをもたらすと、説明しています。

「自己効力感」とは、“自分はそれを実行できる、成し遂げられる” と、自分の能力を信じられる感覚のこと。いわゆる自信の一種で、仕事や勉強への注力、目標達成に欠かせないのだとか。

同じく「自尊感情」も、勇気ある行動を後押しすると述べます。「自尊感情」とは、自分自身を価値あるものだと感じ、好き・大切だと思える感覚のことです。

 

勇気(希: ἀνδρεία, 羅: fortia, 英: courage)とは、普通の人が、恐怖、不安、躊躇、あるいは恥ずかしいなどと感じることを恐れずに(自分の信念を貫き)向かっていく積極的で強い心意気のこと。勇ましい強い心をいう。語義解によれば、いさむ(強)にはつよい、悪い、乱暴の意を含む。

類義語に「勇猛」、「勇敢」「勇壮(雄壮)」「剛勇」等があり、勇気を使った四字熟語では「勇気百倍」、「勇気凛々」等がある。また、強く、雄々しいイメージから男子の名前に好んでつけられる。

相手を励まし、勇気を与えることを「勇気づける」という(「勇気をもらう」は誤用)。また、「勇を鼓(こ)す」というと、勇気を奮い起こす意になる。

徳目の一つとして、古代ギリシアなどでは重視された。

哲学における勇気の考察[編集]

プラトンは著書『ラケス』において、ソクラテスによる「勇気」の考察を紹介している。

勇気とは、「恐るべきものと恐るべからざるものとを識別することなり」

「勇にして礼無ければ則ち乱す」(勇気も度が過ぎると乱暴なだけである)出典-『論語』

「義を見てなさざるは勇なきなり」(孔子: 『論語』・為政)

「戦場に駆け入りて討死するはいとやすき業にていかなる無下の者にてもなしえらるべし。生くべき時は生き死すべき時にのみ死するを真の勇とはいうなり」(徳川光圀)

さまざまな勇気[編集]

一概に「勇気」と言っても様々な種類がある。例えば、正義のための勇気なら「義勇」になる。ここでは様々な勇気を紹介する。

義勇(正義のための勇気)
知(智)勇(知恵と勇気)
沈勇(勇気があり、落ち着いている)
蛮勇(乱暴で、向こう見ずな勇気)
武勇(武術に優れており、勇ましい)
四字熟語

勇気に関連した四字熟語。

勇気百倍
勇気凛々
勇往邁進
勇猛果敢

 

 


相手の心に徹底して寄り添う<同苦の対話>

2024年01月19日 12時17分04秒 | その気になる言葉

▼偉大である事とは偉大な闘いを続ける事―シェイクスピア

▼支え合う人間の絆、明日を共々に生き抜いていくという誓いであり、願いである。

▼聞いてもらうことは、心の荷物をい預かってもらうことだ。

言葉を交わすだけで、自分の中の重たいものが取れていく。

▼順風満帆な人生などない。

しかし、どんなに深い絶望の闇のなかでも、心に希望の火をともしていけるのが生命哲学である。

▼苦しむ一人のもとへ行く。

それ自体が言葉を超えた励ましなのだ。

▼一人でもよい。

一人でも心から話し合い、感激しあって帰れば会合はいいのだ。

今いる自分の場所で、相手の心に徹底して寄り添う<同苦の対話>を重ねることだ。

▼源が深ければ流れは遠くまで届く―常に前進する人には限りない挑戦の勇気が生まれる。

▼若い時には、うんと苦労して、努力することが大事だ。

それが、生き方の土台となる。

青春時代に苦労得お避けていれば、しっかりとした土台は築けず、堅牢な人生の建物を造ることはできない。

 

 


私が見つけた「青い鳥」―ナターリヤ・サーツ自伝

2024年01月19日 10時58分47秒 | 社会・文化・政治・経済

▼勇気の人には知恵がある。

確信の人には余裕がある。

心が定まれば自由になる。

▼自身に勝ち、勝ち続けながら一日一日を価値的に生きることだ。

▼自身はつらい苦境にあっても「もっと大変な人がいる」と勇んで寒風に飛び出してゆく。

▼どんなに疲れていても、人生に疲れた人を見ると、力の限り励まさじにはいられない。

▼閉ざした「心のドア」を開いてくれない時もある。

でも、必ず、わかってくれる。

あの友の笑顔こそが、私の喜びなのだ。

▼庶民こそ賢い。

庶民こそ尊貴である。

▼人類の悲劇を希望の劇へと転じながら、友よ、あなたは、愉快ににぎやか駆けてゆく。

▼世界はすべて一つの舞台、すべての人間は男も女も役者―シェイクスピア

あなたと私は、人生の醍醐味を演じゆく、一流の名優。

▼私の場合、何でも簡単にできることは一度もなかった。常に困難があって、むしろそれをのり越えるの好きだ―ロシアのナターチヤ・サーツ

  • 私が見つけた「青い鳥」―ナターリヤ・サーツ自伝
 
 
 

ナターリヤ サーツ (著)

ロシア革命、第二次世界大戦、スターリン時代―どういう時代にあっても理想を高く掲げ、ひたすらひと筋の道を歩み、世界で最初の、世界でただひとつの、子供のための音楽劇場〈モスクワ児童音楽劇場〉を創設したサーツ女史の『わが生涯の物語』

彼女の名はナターリヤ・サーツ Nataliya Sats (Наталия Сац 1903‐1993)といった。
ナターリヤの父はイリヤ・サーツ Ilya Sats(1875‐1912)という作曲家で、スタニスラフスキーに請われて創成期のモスクワ芸術座で座付作曲家を務め、メーテルリンクの『青い鳥』などいくつもの舞台音楽を書いたが、三十七の若さで急逝した。幼くして父を失ったサーツ家はただちに困窮するが、幼いナターリヤは周囲のモスクワ演劇人、とりわけ演出家ワフタンゴフの励ましを受けて、彼女のふたつの情熱、すなわち音楽と演劇の道を模索し始める。

1917年のロシア革命とそれに引き続く激動の時代がナターリヤの情熱に拍車をかけた。1918年、ピアノ伴奏による人形劇を上演したのを手始めに、子供たちを観客とする公演活動にヴォランティアで情熱的に打ち込んだ。彼女の結成した小劇団は常打ち小屋をもたず、団員も無給だったが、やがて彼女の試みが次世代の育成に心を砕く革命政府の認めるところとなり、1921年に公立の「モスクワ児童劇場」として正式に発足をみた。このときナターリヤ・サーツは十八歳の若さだった。

サーツは「アラビアン・ナイト」から「ハイアワサ」まで、古今の多くの物語に想を得るとともに、同時代にも題材を得ながら、座付作曲家レオニド・ポロヴィンキンと組んで多くの新作を送り出した。演劇、オペラ、バレエ、人形劇、サーカス、パントマイムなど既存のジャンルから子供たちにアピールする要素を抽出し、それを独自のやり方で組み合わせ、心弾むスペクタクルを創り上げた。児童演劇のパイオニアとしての彼女の果敢な営みは、やがてソ連国内のみならず広く世界に喧伝され、モスクワを訪れた文化人たちはこぞって彼女の劇場に足を運ぶようになる。

1927年末、革命十周年の賓客として訪ソした小山内薫は、モスクワ滞在の最終日にナターリヤ・サーツの児童劇場を訪問する。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


温かな人間性を育むのも教師の声かえ一つから始まる

2024年01月19日 09時48分57秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力

▼子どもにとって最大の教育環境は教師自身。

▼どの子ども楽しく過ごせる学校にしたい。

そのために「自分にできることを精一杯のことを」と決意した女性校長の話である。

子どもだけでなく、教職員も安心して過ごせる場所にしようと、普段から、学校に関わる一人一人のことを尊重して、どこまでも徹し抜いたのである。

▼まずは朝、昇降口に立って、登校する児童たちと挨拶を交わし<いつも見守っているよ>と示した。

▼教師になって間もない頃。<学級崩壊>状態のクラスを担当し、どうしていいかわからなくなった。

そのなかで、ふと気づいたのです。

<自分のつらい状況をなんとかしたいとばかり願っていたけれど、一番つらいのは子どもたちじゃないか>

当時、問題行動の中心になっていた子は、家庭が複雑な事情を抱えていました。

そこで、「自分のためでだけでなくて、子どもたちの幸福のために願い、なんでもやっていこう」と決めた時から、問題行動はなくなってきました。

教師の私自身が変わり<一人をどこまでも大切に>との心で行動するようのなったことが大きかったと思います。

▼また、特別な配慮と支援を必要とする児童が多いクラスを担当した時も、子どもの持つ可能性を信じ、励ましの声をかけ続けたのです。

子どもの幸福を願い、関わっていく中で、私や保護者も、あっと驚くような成長を見せてくれたのです。

▼こちらの励ましの言葉や子どもたちを信じる心は、絶対に伝わっていると思います。

子どもはみんな伸びようとしている、と確信した瞬間でした。

また、子ども同士の関わりも、教育においては重要です。

クラスメイトの関わりのおかげで、教室が安心できる場になった例も、実際に多くありました。

そういう温かな人間性を育むのも教師の声かえ一つから始まると思います。

▼子どもは本来、本当に素晴らしい考え方や、優しい性格をもっているけど、自分では気付いていないことが多いのです。

大人の声かけが大事なのです。

自分だけでなく他者と共に喜ぶことって、とても幸せなことなんだ>と、子どもたちに感じてもらいたい―そう強く願いながら日々挑戦を重ねています。

▼一番大事なのは、日常生活や学校の出来事を、親が子どもと一緒に驚き、喜び、楽しむことです。

「ありがとう」「いいね」「うれしいね」「えらかったね」「おもしろかったね」という<あ・い・う・え・お>を意識しましょう。

それでも不安や心配がある時は、気軽に担任の先生に相談してみてください。

 


詩は、人間らしく生きるために

2024年01月19日 09時31分50秒 | その気になる言葉

▼歴史を現在に伝えるのは、言葉である。

人間の記憶は有限だが、文字は過去と現在を未来みつなげ、その時代に刻まれた精神も伝える。

▼全ての人間の生命は、平等に尊厳であり、価値がある。

その生命を奪う戦争は、人間の<魔性の心>が引き起こす「最大の蛮行」だ。

▼現実に埋没した社会にあって、詩は心の窓を開ける。

その窓から、さわやかな生命の涼風が吹き込んでくる。

詩は人間性の証であり、崇高な魂の歌だ。

詩は人間を人間に立ち戻らせる。

詩は心の窓を開き、人間らしく生きるための<<魂の源泉>である。