「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

帰郷 2005・11・05

2005-11-05 06:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、萩原朔太郎(1886-1947)の詩集「氷島」から「帰郷」と題した詩を一篇。

  帰 郷

      昭和四年の冬、妻と離別し二児を抱へて故郷に帰る

   わが故郷に帰れる日
   汽車は烈風の中を突き行けり。
   ひとり車窓に目醒むれば
   汽笛は闇に吠え叫び
   火焔(ほのほ)は平野を明るくせり。
   まだ上州の山は見えずや。
   夜汽車の仄暗き車燈の影に
   母なき子供等は眠り泣き
   ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。
   嗚呼また都を逃れ来て
   何所(いづこ)の家郷に行かむとするぞ。
   過去は寂寥の谷に連なり
   未来は絶望の岸に向へり。
   砂礫のごとき人生かな!
   われ既に勇気おとろへ
   暗澹として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。
   いかんぞ故郷に独り帰り
   さびしくまた利根川の岸に立たんや。
   汽車は曠野を走り行き
   自然の荒寥たる意志の彼岸に
   人の憤怒(いきどほり)を烈しくせり。

    河上徹太郎編「萩原朔太郎詩集」(新潮文庫)所収
   
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