今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「尖閣列島は日本領に決まっているのになぜ弱腰なのか。首相が靖国神社に参拝するなら中国にも考えがあるぞとは
何たる言い草だと国民の九割までは思っているのに、新聞にそれが出ないのはなぜか。ソ連はなくなり日教組も往年
の力はないというが、五十年日教組の教育で育った申し子が新聞社のデスク、文部省のデスクに座っているのである。」
「まじめ人間ほど始末におえないものはない。五・一五事件二・二六事件の青年将校はみんなまじめの極だよ。あれだって
天下をとりゃ純真だけじゃいられないよ。まず同志を粛清しなけりゃならない。革マル派や赤軍派だってはじめは
まじめ人間だった。天下をとらなくても同志を殺した。毛沢東やスターリンは五百万、千万、いくら殺したかかず知れない。」
「戦後の日教組教育の成功は、何でも話合いで解決すると女子供に吹きこんだことです。ソ連と中国、北朝鮮と韓国は
話合い可能でしょうか。亭主と細君だって話合いできないではありませんか。
もうひとつ戦争は絶対悪だと思いこませたことです。戦争に是非善悪はありません。話合いできないから暴力の出る幕が
あるのです。そして双方に正義があるのです。だから昔は戦争裁判はありませんでした。勝者は敗者を殺しました。民衆は
奴隷にしました。敗者は復讐をちかって勝てば自分がされたことを相手にして、何千年来人類は健康を保ってきたのです。
ゆえに健康というものはイヤなものなのです。
ここできまって持ちだされるのは憲法第九条です。憲法なんか何度でも改めればいいのです。げんに世界各国は少きは
二十回多くは百回以上改めています。
正直なのは共産党だけです。万一、共産党が天下をとったら党は直ちに改憲します。徴兵制をとります。社会主義政権を
樹立してもらって、こんどはその国の属国になって大臣に任命されて勇んでアメリカに迎合したようにその国に迎合します。」
(山本夏彦著「死ぬの大好き」新潮社刊 所収)
「尖閣列島は日本領に決まっているのになぜ弱腰なのか。首相が靖国神社に参拝するなら中国にも考えがあるぞとは
何たる言い草だと国民の九割までは思っているのに、新聞にそれが出ないのはなぜか。ソ連はなくなり日教組も往年
の力はないというが、五十年日教組の教育で育った申し子が新聞社のデスク、文部省のデスクに座っているのである。」
「まじめ人間ほど始末におえないものはない。五・一五事件二・二六事件の青年将校はみんなまじめの極だよ。あれだって
天下をとりゃ純真だけじゃいられないよ。まず同志を粛清しなけりゃならない。革マル派や赤軍派だってはじめは
まじめ人間だった。天下をとらなくても同志を殺した。毛沢東やスターリンは五百万、千万、いくら殺したかかず知れない。」
「戦後の日教組教育の成功は、何でも話合いで解決すると女子供に吹きこんだことです。ソ連と中国、北朝鮮と韓国は
話合い可能でしょうか。亭主と細君だって話合いできないではありませんか。
もうひとつ戦争は絶対悪だと思いこませたことです。戦争に是非善悪はありません。話合いできないから暴力の出る幕が
あるのです。そして双方に正義があるのです。だから昔は戦争裁判はありませんでした。勝者は敗者を殺しました。民衆は
奴隷にしました。敗者は復讐をちかって勝てば自分がされたことを相手にして、何千年来人類は健康を保ってきたのです。
ゆえに健康というものはイヤなものなのです。
ここできまって持ちだされるのは憲法第九条です。憲法なんか何度でも改めればいいのです。げんに世界各国は少きは
二十回多くは百回以上改めています。
正直なのは共産党だけです。万一、共産党が天下をとったら党は直ちに改憲します。徴兵制をとります。社会主義政権を
樹立してもらって、こんどはその国の属国になって大臣に任命されて勇んでアメリカに迎合したようにその国に迎合します。」
(山本夏彦著「死ぬの大好き」新潮社刊 所収)