今日の「 お気に入り 」は 、今 読み進めている
本の中から 、備忘のため 、抜き書きした 文章 。
引用はじめ 。
《 主人公 原田甲斐宗輔 と 甲斐より三つ若い
盟友 茂庭周防定元 ( もにわ すおう さだもと )
の 会話 》
「『 吉岡はまじめなんだ 』と甲斐は云った 、
『 奥山大学という人物は 、まじめに藩家の
おためをおもっている 、自分こそ藩家の柱
石となる人間だと信じている 』
『 それは船岡の見かただ 』
『 まあ聞いてくれ 』甲斐は火桶のふちを撫
でながら 、いかにも穏やかな調子でつづけた 、
『 こんどの事では 、一ノ関をべつにして 、
すべての人がまじめに 、藩家のおためをおも
っている 、渡辺金兵衛ら三人の暗殺者も一ノ
関に糸をひかれているとは気がつかず 、心か
ら藩家のおためと信じて暗殺を決行した 、吉
岡もそのとおり 、自分ひとりで国の仕置をす
ることができれば 、必ず藩家を安泰にしてみ
せる 、そのほかに万全なみちはない 、と確
信しているんだ 』
『 私にはそうは思えない 』
『 彼が一ノ関と手を握りたがっているのは 、
自分の権勢欲のためではなく 、首席家老に
なるための方便なのだ 』
『 それは船岡の思いすごしだ 』
『 もう少し聞いてくれ 』と甲斐は云った 、
『 大学という人はそういう人物なのだ 、そ
して 、一ノ関はそれをよく知っている 、一
ノ関がそれを知っているところに 、むずか
しい点があるんだ 』
周防はじっと甲斐を見た 。
『 つづめて云えば 』と周防が訊いた 。
『 暗殺の件についての評定のときに 、私は
気がついた 』と甲斐は云った 、『 一ノ関は
家中に紛争を起こさせようとしている 、知っ
てのとおり 、仙台人は我執が強く 、排他的
で 、藩家のおためという点でさえ自分の意を
立てようとする 、綱宗さま隠居のとき 、御
継嗣入札(いれふだ)のとき 、老臣誓詞のとき 、
いちどとして意見の一致したことがなかった 』
周防は頷いた 。
『 現にこんど亀千代さま御家督の礼として 、
将軍家へ献上する金品についても 、老職の
意見がまちまちで 、いまだに決定しない 』
と甲斐はつづけた 、『 それも妨害するつも
りではなく 、それぞれが伊達家のためをお
もい 、しんじつ忠義のためと信じている 、
そして 、もし自分の意見がとおらなければ 、
すぐにも切腹しかねないようなことを云う 、
奥山大学などは 、その典型的な一人といっ
ていいだろう 』
『 すると 、密訴のことはどうなると思う 』
『 わからない 』と甲斐は首を振った 、
『 ただ推察されることは 、一ノ関が吉岡
を怒らせて 、松山とのあいだに紛争を起こ
させるだろう 、ということだ 』
『 率直な意見を云ってくれ 』と周防が云
った 、『 私はどうしたらいい 、歪曲さ
れた無根の罪状を 、黙って甘受すべきな
のか 』
『 いかに歪曲し牽強付会しても 、無根の
事実で人間を罰するわけにはいかない 、
たって係争すれば黒白は明白になる 、し
かし 、それは一ノ関の思うつぼだ 、国老
間に紛争が起これば 、一ノ関は後見とし
て 、幕府老中に採決を乞うだろう 、そう
は思わないか 』
周防は眼を伏せた 。
『 いつか松山の家で 、涌谷さまと三人で
話した 』と甲斐はつづけた 、『 一ノ関
には 、伊達六十万石を分割し 、その半ば
を取ろうという野心がある 、うしろ盾は
酒井雅楽頭 、―― 家中紛争をもちだせば 、
雅楽頭の手で必ず老中にとりあげられる 、
それだけはまちがいなしだ 』
『 そうだ 、おそらく 、それはたしかだ
ろう 』
『 松山は辞職すべきだ 』と甲斐は云った 、
『 堀普請が終りしだい辞職するがいい 』
『 すれば吉岡が代るぞ 』
『 火は燃えきれば消える 』 」
引用おわり 。
ながながと引用したが 、筆者の目を惹いたのは 、
「 知ってのとおり 、仙台人は我執が強く 、排他的
で 、藩家のおためという点でさえ自分の意を
立てようとする 」というところ 。
仙台人に限らず「 我執が強く 排他的 」というのが 、
多くの ひと の痼疾 。主人公も我執の強さでは 、他
に引けを取らないが 、ちがうところは 、寛容さ 、
視野の広さ 、バランス感覚 を 併せ持っていること 。
作家は 、原田甲斐をしてこう語らせている 。
《 主人公 原田甲斐宗輔 と 伊東七十郎 の 会話 》
「『 私はどんなふうにもみない 』と
甲斐は穏やかに云った 、『 私は憶
測や疑惑や勝手な想像で 、人をみた
り商量したりすることはしない 、誰
に限らず 、なにごとによらず 、私は
現にあるとおりをみ 、現にある事実
によってその是非を判断する 、もし
そんな盟約があるとすれば 、盟約者
以外には秘してもらさぬ筈だ 、たと
えそれが七十郎であろうともだ 』
七十郎はちょっと口をつぐみ 、それ
から 、さぐるように云った 、『 あ
なたは松山を非難するんですか 』
『 私は人を非難したことなどはない 』
『 ではいまの言葉はどういう意味です 』
『 わからない男だ 』と甲斐は頭を振った 、
『 七十郎は長崎までいって 、ねぼけて来
たようだな 』
『 云って下さい 、では盟約はどういう
ことになるんです 』
『 つまりなかったということだろうね 』
『 なかった 、ですって 』
『 当然 、秘すべきことを 、そうたや
すく人に話すとすれば 、それは秘すべ
き必要のないことであり 、つづめてい
えば 、そんな盟約はなかったというこ
とになるだろう 』
『 それはまじめですね 』
『 酔っているのは七十郎だ 』
『 原田甲斐 ―― か 』と七十郎は鼻を
鳴らした 。」
《 主人公 原田甲斐宗輔 の 独白として 》
「 ―― だがおれは好まない 。
国のために 、藩のため主人のため 、
また愛する者のために 、自からすす
んで死ぬ 、ということは 、侍の道徳
としてだけつくられたものではなく 、
人間感情のもっとも純粋な燃焼の一つ
として存在して来たし 、今後も存在
することだろう 。―― だがおれは好
まない 、甲斐はそっと頭を振った 。
たとえそれに意味があったとしても 、
できることなら『 死 』は避けるほう
がいい 。そういう死には犠牲の壮烈さ
と美しさがあるかもしれないが 、それ
でもなお 、生きぬいてゆくことには 、
はるかに及ばないだろう 。 」
引用終わり 。
( ´_ゝ`)
( ついでながらの
筆者註 : 小説の中で登場人物は しばしば 地名を冠して 、
「 ○○どの 」「 ○○さま 」などと呼ばれる 。
上の文章の中でも 、例えば
「 吉岡 」:黒川郡吉岡 、館主である 奥山大学
のこと 、
「 船岡 」:柴田郡船岡 、原田甲斐宗輔 、
「 一ノ関 」:磐井郡一ノ関 、伊達兵部少輔宗勝 、
「 松山 」:志田郡松山 、茂庭周防定元 、
「 涌谷 」:遠田郡涌谷 、伊達安芸宗重 、
といった按配である 。)
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