がじゅまるの樹の下で。

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佐敷ようどれ~古琉球歴代国王の墓リスト

2012年05月06日 | ・琉球史散策/第一尚氏

今回の南山史跡巡りの本命の1つ、
佐敷ようどれです。

第一尚氏王統の1代目、
尚巴志の父ちゃんである思紹のお墓です。

このお墓は南城市佐敷にある、
航空自衛隊知念分屯基地内にあって、
さすがに一人で行くのはいくぶん躊躇しておったトコロでした

ゲート前に車を停車させたらすぐに中から
迷彩服姿の自衛隊員が…。

かなり若い好青年な兄ちゃんでした。
(ん?この情報いらない?(笑))

「佐敷ようどれに行きたいんですけど」って言ったら
すぐに入れてもらえた。

思ってたよりもすんなり行けたぞ。

ゲートで名前・住所・電話番号などを記入して、
許可書を受けとったらいざ、佐敷ようどれへ。

表示から見ると、ゲートから180メートル程度。

到着すると、先客がいてウートートーしてたので
邪魔しないようにしばし丘の下で待機。

そして…ウートートーしてる団体から少し離れた背後には
別の迷彩服の自衛隊員がピッタリ監視…。

って言っても直立不動でガン見してるわけじゃないし
銃持ってるわけでもないので
“警備員さん”くらいの気持ちでいいかな?とは思います。

ま、さすがに見られてるので妙な行動はできないですけどね
(いや…するつもりはないですが(笑))

あ、こちらも若い兄ちゃんでした(笑)

こじんまりとした佐敷ようどれ。

ようどれとは「夕凪」を意味します。

浦添ようどれが有名ですね。

案内板によると、
本来は佐敷グスク近くの崖下にあったそうなのですが、
風雨による破損が目立ったため、
1764年にこの地に移された、とあります。

そうそう、今回初めていって発覚したのですが、

『琉球戦国列伝』でのお墓アクセス情報の、
思紹のとこの地図、間違いです~

えーと、航空自衛隊は2か所ゲートがあって、
管理地区(南城市佐敷)と運用地区(南城市知念)に分かれているのですが、
佐敷ようどれは「管理地区」側です。

本では右側の「陸上自衛隊知念分屯地」の所にチェックついてます…
(まぁ、そこで聞いてもお兄さんが教えてくれるとは思いますが…)

本持ってる方、手書きで直しててください。
刑務所より「もっと左」って。

実は知念分屯基地のHPもあるのでこちらも参照にするといいかもです。

 

さ!ともあれ、これで晴れて(?)

第一尚氏王統のお墓参り制覇です!!

過去記事リンクはっておきます↓

 

【第一尚氏王統】

1代目 思紹

2代目 尚巴志

3代目 尚忠

4代目 尚思達

5代目 尚金福

6代目 尚泰久

7代目 尚徳

ついでに、

6代目候補 布里

※尚巴志~尚忠まではまとめて佐敷森

 

【第二尚氏王統】

1代目 尚円

2代目 尚宣威

3代目 尚真

4代目 尚清

5代目 尚元

6代目 尚永

7代目 尚寧

※尚円、尚真~尚永まではまとめて玉陵

 

お、第二尚氏は玉陵にまとめられてる&例外の2人も参ってるから
何気に古琉球時代の王様、完全制覇?(笑)

 

 
本のミス、結構発覚中…。増刷分からは修正します~;
ぶじ増刷修正できますように…(-人-)
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コメント (10)
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