○月○日
『勘ちがい』
お通じの後はケータイ用ビデにて洗浄してもらう。
ぬるま湯を入れた本体をぎゅっと握ると
ノズルの先から、しゅしゅしゅと湯が飛び出す。
オムツをずらしながら、おばちゃんはとても扱い上手。
入浴もシャワーさえも許されない患者にとっては
まさに天のたすけ。( 決して大げさではないのです )
ウオシュレットを使用した後のように清々と気持ちがいい。
今日はおばちゃんの家族に急病人が出たため、
急遽、付き添いが妻に替わる。
午後になって、もよおして来たので
急いで例の張り紙を廊下にだす。
またまた難産につづく大盛り・・・・・。
おばちゃんと同じ、手ぎわよく掻きだしてくれる。
ここ掘れワンワン・・・・・
なかなか上手、感心、感心。
すっかり空っぽになって
ひと仕事をなし終えた充足感と
無一物の爽快感にひたっていると突然、
ビデのノズルがぼくの出口の奥深くに侵入してきた。
全くの突然の出来事・・・・
〈 ナッ! 何すんだ、コノー! クッー! 〉
〈 ・・・・・・・?? 〉
おばちゃん、こっちも緊急事態だ!
早く帰ってきてくれー!
***この回をもってシリーズ『わが糞闘記』を終了します。
拙い内容にも拘わらずお付き合い頂き感謝します。
生きるとは、ときには汚れにまみれることも・・・。
さて、当病院はその後の国立病院統廃合計画のもとで
廃院となり、他市の施設に統合された。
役者のような名前のドクターは
その新しい病院の院長として迎え入れられ
今も熱心に患者たちと向き合っている。
たしかに時代遅れの病院ではあったが、
そこに関わっていた人たちの朴訥な笑顔が
懐かしく想い出される。
ありがとう!
○月○日
『笑えない話』
バイク事故による大たい骨骨折で、
当病院に担ぎ込まれてきた35歳のTさん。
術後の経過もよく、リハビリにも熱心だった。
いつも明るく、あちこち病室を訪ねては
他の患者さんたちを励ましたりしていた。
これもリハビリの内だと言って
配膳の手伝いも厭わなかった。
その頑張りが効いて、いよいよ退院の日が決まった。
〈 退院したら焼肉を腹いっぱい食べる! 〉
うれしくて病棟内のあちらこちら、彼の松葉杖の音が響いた。
そして待ちに待った退院の日。
妻と小学生の娘がむかえにやってきた。
ふたりともうれしそう!
キコキコキコキコ、松葉杖もうれしそう!
帰りには市内のある有名焼肉店で
家族水入らずで退院祝いをすることになっている。
すでに予約もとってある。
三ヶ月ぶりに吸う娑婆の空気のなんと爽やかなことよ。
玄関先でふと、彼は振りかえり
見送ってくれる看護婦たちに手をふった。
〈 さいならぁ 〉
次の瞬間、彼の体は大きく傾いてドスンと転倒。
そのまま緊急入院となる。
つづく
○月○日
窓ガラスに映る中庭のアメリカハナミズキの
宝石のような赤い実も今はすっかり僅かになってしまった。
宙吊りの姿でヒヨドリがついばんでいる。
枝を発つときのヒヨドリの鳴き声が
〈 ゴチソウサン 〉と、ぼくの耳には聞こえる。
『証拠』
付添のおばちゃんの話によると
会津地方のおばちゃんちの村では
手のきれいな男は、怠け者・遊び人と見なされ
周囲から信用されないそうだ。
畑仕事・山仕事に精出して働いているから
男たちの手は逞しく、どれもゴツゴツしているのだ。
ある夜、とある後家さんに夜這い騒ぎがあった。
幸か不幸か、未遂に終わったが・・・・
〈 顔、見だんか? 〉
〈 いいや、真っ暗で逃げてぐ後しか見えねがった 〉
〈 声は聴いだが? 〉
〈 いいや、なんにも言わねがった・・・・
だども すべすべしたきれいな手さしてだ 〉
〈 ほんじゃ奴めだ! 〉
その一言で犯人は酒屋の○○だとすぐに判った。
『生きる』
86歳になる寝たきりの老人、
四六時中、オシメをされたままベッドで仰向け。
聞こえているのか、聞こえていないのか
声を掛けられても、アーとかウーとしか反応がない。
ところが不思議なことには、付添婦が長くつづかずに
つぎつぎ替わってしまう。
4人目のおばちゃんが付き添った晩。
うつらうつらしているところへ突如、
どさっ、と大きな物音。
何事ぞ!
身を起こして暗がりを見ると
老人がベッドからずり落ちて
おばちゃんの簡易ベッドとの間でうつぶせになったまま
身動き出来ないでいる。
当直の看護婦とともに抱きかかえ、やっとの思いでベッドに戻す。
推測するに、老人はおばちゃんに挑んだのである。
隣りで眠っている異性の匂いに欲情し
渾身の力をふりしぼって
おばちゃんの上に乗りかかろうとしたのである。
付添婦がつぎつぎ止めていくのは、
それが原因であった。
寝たきりの状態で、
それだけの力がいったい何処から湧いてくるのか
おばちゃんは笑いながら話を終りにしたが
生きることのすさまじさと切なさに
ぼくはしばらくの間、言葉が無かった。
口あけて尿瓶がわらふ寒さかな
つづく
○月○日
『糞闘中』
まる5日、15食分のお通じが無い。
下腹部がぱんぱんに脹らんで今にも張裂けそう。
寝たきりの状態でいると大腸の蠕動が衰えて
ひどい便秘を起こしてしまう。
もはや限界! 座薬を所望する。
『 糞闘中につき入室厳禁!』
赤のマジックペンで手書きの張り紙を廊下に出し
付添のおばちゃんがゴム手袋をしてスタンバイ。
張り紙を見て誰かが笑いながら通る。
その最中に訪問者があったりすると
折角のチャンスを駄目にしてしまう。
ぼくの部屋は病棟の目抜き通りにあるので
いつ、だれが入ってくるか分らない。
〈はい、ごめんなんしょ〉 と言いながら
昨夜も歩行器のおばちゃんが
トイレとまちがって入ってきた。
ウンチは人生と同じ。
幾度かのチャンスがあって
それをつかんだか逃がしたかでは
その後のウン勢が大きく変わる。
付添のおばちゃんは、ぼくの出口に顔をよせて
今か今かとその瞬間を待っている。
まるでお産のようだ。
ぼくは歯をくいしばり、渾身の力を一点に集中させるが
出口にセメントのような硬いものが詰まっていて
いくら力んでも出てこない。
脂汗をたらしながら、もうダメかと思ったその時
ついにやって来た。
〈 オー! ソレ! ホレ! 〉
付添のおばちゃんの掛け声につられ
あとからあとからモリモリモリモリやって来る
おばちゃんもよほど嬉しかったとみえて
イモでも掘り当てたような格好で
せっせせっせと掻き出す。
なにしろ5日分の量というのは半端じゃない。
出るに任せていたら
もくもくと舞茸のような形にふくれ上がり
股間をすっぽり埋め尽くしてしまう。
だから、どんどん掻き出してもらわないと
エライことになってしまう。
〈 ホレ! モット出ろ! モット出せ! 〉
おばちゃんに勇気付けられて、ぼくは天井睨んで頑張る!
つづく
○月○日
『パートナー』
ぼくは大部屋というのが苦手。
人が気になって眠れないのだ。
そこで個室を用意してもらった。
当外科病棟に二つある特別室の一つである。
これにはバス・トイレが付いている。
(でも三週間過ぎないと入浴できない)
ここで付添のおばちゃんとしばらくの間、寝食を共にする。
〈特別室って一泊いくらなの?〉
従姉から電話があり、3000円と答えると
〈へぇ! うちのフェレットは4000円よ〉
と 驚いている。
つまりペットホテルのイタチの宿泊料より安いのだ。
付添のおばちゃんは会津のとある村の出身。
訛りがすごく、聞きづらいところもあるが
今のぼくにとっては最も頼りになるパートナー。
介護しながらいろいろローカルな話を聞かせてくれる。
坊主に金を騙し取られ、神経病んで入院した男の話とか、
娘婿は役場の税務課勤務だとか、
喜多方ラーメンのほんとに旨い店はどこそこだとか、
爺様は熊にやられた首の傷がもとで死んだとか、
最近は会津も雪が少なくなったとか
聞きもしないのにあとからあとから話がつづく。
ぼくは相づちを打ちながら
もう5日間もウンチが無いので
そのことばかりが気になっている。
足の爪きるひとの手の温かし
つづく
*さて次回はいよいよタイトル通りの糞闘記です。
くれぐれも食事の前にはブログを覗かないで下さい。