読売新聞の夕刊が配達されたので読んでいたが、
しばらく私はうなった・・。
恒例の【夕景時評】で編集委員・河野博子さんが綴って折、
『昭和の魅力を越える』と題し、巧すぎるほどの内容を認めていた。
思わず読み込み、考えさせられる記事とは、こうした記事かしらと思いながら、
数多くのお方に知ってほしく、
無断であるが転記をさせて頂きます。
一枚のCDが昨年の暮れ、米国の友人から届いた。
1967年、ブルーコメッツの「ブルーシャトウ」から74年、森進一の「襟裳岬」まで22曲が入る。
送り主は、アジア問題専門家で韓国系米国人のアラン・ソンさん(48)。
8歳だった1966年から8年間、日本で暮らした。
添えられた手紙に、こうある。
「なぜまた、いきなり『昭和ポップス』なんだ、とお考えでしょう。」
「今流行の舌足らずの音楽に比べれば、メロディーも歌唱力も圧倒的に優れている。
これは日本そのものについても言えるのではないでしょうか。
今ほど裕福な社会ではなかったけれど、
今よりず~っと魅力ある国だった」
電話をして説明を求めると、
ソンさんは、いきなり漫画「巨人の星」を持ち出した。
漫画雑誌に掲載中のリメイク版で、
主人公が星飛雄馬ではなく金持ちの御曹司、花形満に代わっていることに驚いた、という。
「貧しいなか、父の猛特訓に耐えて成長する、という物語は今の読者層の共感を得られないということらしい。
そういう今の日本は裕福になり、うわべだけ完璧で、プロセスを大事にしなくなった。
自分を鍛える、先人に学ぶことを軽視しすぎる」
今回の紅白歌合戦で披露された歌のうち、昨年リリースされた22曲(演歌を除く)。
歌詞をみると、自己の内面を鼓舞する歌が目立つ。
洗練されているが、「昭和ポップス」のパワーはない。
高度成長の時代をなつかしんでも始まらない。
平成のポップカルチャーが、昭和の輝きを越える。
それは、担い手が自分を鍛え、世界の人の心をつかめるかどこかにかかっている。
以上、無断であるが記事の全文を転記させて頂きました。
私が思わずうなったというのは、
アラン・ソンさんに私の日頃のくすぶっている思考を明確に提示されたからである。
日本の動向は、異国人の方が的確に明瞭に捉えている場合もある。
私は日本人でありながら、自分のつたなさを恥ている。
しばらく私はうなった・・。
恒例の【夕景時評】で編集委員・河野博子さんが綴って折、
『昭和の魅力を越える』と題し、巧すぎるほどの内容を認めていた。
思わず読み込み、考えさせられる記事とは、こうした記事かしらと思いながら、
数多くのお方に知ってほしく、
無断であるが転記をさせて頂きます。
一枚のCDが昨年の暮れ、米国の友人から届いた。
1967年、ブルーコメッツの「ブルーシャトウ」から74年、森進一の「襟裳岬」まで22曲が入る。
送り主は、アジア問題専門家で韓国系米国人のアラン・ソンさん(48)。
8歳だった1966年から8年間、日本で暮らした。
添えられた手紙に、こうある。
「なぜまた、いきなり『昭和ポップス』なんだ、とお考えでしょう。」
「今流行の舌足らずの音楽に比べれば、メロディーも歌唱力も圧倒的に優れている。
これは日本そのものについても言えるのではないでしょうか。
今ほど裕福な社会ではなかったけれど、
今よりず~っと魅力ある国だった」
電話をして説明を求めると、
ソンさんは、いきなり漫画「巨人の星」を持ち出した。
漫画雑誌に掲載中のリメイク版で、
主人公が星飛雄馬ではなく金持ちの御曹司、花形満に代わっていることに驚いた、という。
「貧しいなか、父の猛特訓に耐えて成長する、という物語は今の読者層の共感を得られないということらしい。
そういう今の日本は裕福になり、うわべだけ完璧で、プロセスを大事にしなくなった。
自分を鍛える、先人に学ぶことを軽視しすぎる」
今回の紅白歌合戦で披露された歌のうち、昨年リリースされた22曲(演歌を除く)。
歌詞をみると、自己の内面を鼓舞する歌が目立つ。
洗練されているが、「昭和ポップス」のパワーはない。
高度成長の時代をなつかしんでも始まらない。
平成のポップカルチャーが、昭和の輝きを越える。
それは、担い手が自分を鍛え、世界の人の心をつかめるかどこかにかかっている。
以上、無断であるが記事の全文を転記させて頂きました。
私が思わずうなったというのは、
アラン・ソンさんに私の日頃のくすぶっている思考を明確に提示されたからである。
日本の動向は、異国人の方が的確に明瞭に捉えている場合もある。
私は日本人でありながら、自分のつたなさを恥ている。