峰野裕二郎ブログ

私の在り方を問う

since 2005

夏を楽しむ

2011年08月22日 | 父親と子

土曜日、お隣の東町町内会の「地蔵祭り」にお招きをいただき出かけてきた。
8月に入り、私の暮らす町内会の夏祭りを皮切りに、芳ノ浦町内会夏祭り、観光協会主催夏祭り、そして地蔵祭り、さらに来週末の小浦夏祭りと夏祭りが続く。おかげで思いっきり夏を楽しませていただいている。

平日の夜は、もっぱら「芋焼酎祭り」だ。鹿児島で仕入れてきた4銘柄の芋焼酎を飲み比べつつ、女房どのの美味い手料理をいただき、女房どの・くるみさんとの愉快な語らいで夏の夜が更けてゆく。

くるみさんは、平日は朝から夕方まで自動車学校に通い、夜は本を読んだり、私や女房どのと語り合ったりし、週末は、中学・高校時代の友人らとの交流を楽しんでいる。
先週末は同窓会に出席するため、本人曰く第2の故郷である大村へと出かけた。去年までとはひと味異なる大学生としての夏休みを謳歌している様子だ。

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天文館の夜

2011年08月19日 | 家族

12日から16日まで盆休みをとった。
12,13日は早朝から日没まで草刈りを始め、庭仕事にいそしんだ。久しぶりに存分に草木や土に親しみ、心地よい汗を流す。

14日は当初、高速バスで帰省する予定だったくるみさんを、女房どのと共に鹿児島まで迎えに出かけた。
当日、午前7時過ぎに自宅を発った。途中、広川SAでゆっくり朝食をとる。正午過ぎ、くるみさん宅に到着。ひとしきりおしゃべりに興じる。その後、くるみさんが掃除機をほしいというのでヤマダ電機へ出向き求める。

くるみさん宅は、エアコンを始め冷蔵庫・洗濯機・電子レンジ・炊飯器・テレビ・パソコン等、我が家にある家電はほとんどそろっている。もちろんバス・トイレつきで洗面台まである。私の学生時代と比べても仕方ないが、あの頃は4畳半一間が平均で、家電はおろかバスもトイレもなく、風呂は銭湯、トイレは共同というのが普通だった。ついこの前のことのように思えるのだが、時はずいぶんと流れたようだ。

夕食を、くるみさんのアルバイト先の居酒屋でとることにした。
私たちが鹿児島に来ることを知った店長さんの方からお誘いをいただいたらしい。かねてより、くるみさんに店へ連れて行ってくれるよう頼んでいたのだが、お預けを食っていた。

近くの電停から電車に乗り、店のある天文館へと向かう。
鹿児島へ行くたび、くるみさんを誘い夜の町へと繰り出す。天文館界隈【かいわい】で飲むのは2度目になる。前回は入学式の夜だった。2人して飛び込んだのは焼肉屋だった。酔いが回るにつれ、先客の三味線をかき鳴らし沖縄民謡を歌う、ちょっと異様な雰囲気の隣の席の3人組と意気投合し、大いに盛り上がったそうだ。翌朝のくるみさんの話では。

目指す店にに着くと店長さんがにこやかな笑顔で迎えてくれた。店長さんは長崎出身だという。いろんなところにご縁が転がっている。挨拶を交わし、個室へと案内していただく。店内はすべて個室ということだが、かなりの広さで迷子になりそうだ。実際、トイレに行ったものの部屋に戻れない客がけっこういるという。

さて、焼酎の銘柄を何にしよう。とにかく鹿児島といえば芋焼酎の本場だ。2度訪れたくるみさん宅からすぐの「芋蔵」には、なかなか手に入らない「伊佐美」が置いてあるのが嬉しい。

この夜は「黒伊佐錦」900ml瓶をキープし、ロックでグビリッといただいた。女房どのは普段は一切飲まないのだが、カクテルを1杯付き合ってもらった。くるみさんはまだ18歳、基本的にはアルコール飲料はNGということになっている。
料理も充実している。くるみさんおすすめの品を次々に注文すると、くるみさんの同僚が交代で運んできてくれる。同僚の両親をチェックしているのだ。みんな仲が良いらしい。
鹿児島での夜はいつも酔っ払っうのだが、この日ばかりはくるみさんの手前、店を出るまでは酔っ払わないよう意識した。

美味い焼酎に美味い料理をいただきながら、久しぶりの再会に話は弾んだ。

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町内会夏祭り

2011年08月08日 | 町内会長

6日土曜日、佐々町長・佐々議会議長、そして隣接する3町内会会長をお迎えして、第5回目となる町内会の夏祭りを開催した。
午後7時開始予定だったが、6時頃には副会長から開会の挨拶をしてほしいと要請が入るほど、時間前から多くのみなさんに集まっていただいた。

事前に、準備に当たる者みんなで話し合い、祭りのテーマを「和」とした。その文字を前町内会長の植杉さんにしたためていただき、スタッフTシャツの背中に入れた。

今年は、私たち日本人にとって特別な年となった。去る3月11日に発生した大地震と大津波によって多くの尊い命が失われた。また、大津波によりダメージを受けた原子力発電所から漏れる放射能が今も私たちの暮らしを脅かし続けている。
図らずも、大震災が私たちの生き方、在り方を考え直すきっかけを与えてくれることとなった。中でも、地域で暮らす人々の絆の大切さが見直されている。

「和」とは仲良くすること。互いに相手を大切にし、協力し合う関係にあることを意味する。
また、この日は66年前に広島に原子爆弾が投下された日でもある。言うまでもなく「和」は平和の和でもある。

人は、決して一人では生きていけない。縁あって同じ町内会に暮らす者同士、一人はみんなのために、みんなは一人のために、お互いを支えあって楽しく暮らしていける町内会でありたい。

以上のようなことを開会の挨拶の言葉とした。

コメント (2)
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シャンパンで

2011年08月07日 | 家族

天使1歳8ヶ月、ずいぶんと成長している。
到着したばかりのチャイルドシートに座っている天使は緊張している様子だったが、家の中に入り、すべり台で遊び始めるとすぐに打ち解けてくれた。

その夜、町の「公民館連絡協議会」の研修会に出席した。私の名で案内を出しており、さらに、町内会の運営について私の考えを発表することになっている以上、欠席するわけにはいかない。午後7時から9時まで2時間みっちり研修を行った。

帰宅すると、天使はまだ起きていた。非日常を大いに楽しむがいい。それでも10時には就寝した。
天使が寝た後は大人の時間だ。女房どのが絵理子さん有紀さんのために用意していたシャンパンを開け、夜遅くまでみんなで語り合った。
翌日の話だが、私は座ったまま眠っていたらしい。

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