峰野裕二郎ブログ

私の在り方を問う

since 2005

くるみさんの誕生日

2006年12月12日 | 父親と子
9日、我が家の三女であるくるみさんの誕生日でした。その日の朝、女房どのにそのことを教えられ、居間に下りて来たくるみさんの手を「おめでとう!」と言って握ると、盛んに照れていました。
くるみさんは平成4年の12月9日にこの世に生をうけました。姉妹の中で一番下ということもあり、日頃、なんとなく幼いイメージで接しているのですが、そのくるみさんが14歳になったのです。

くるみさんが生まれてきてから私は彼女とずっと一緒です。オムツを替えることから哺乳瓶で授乳させることに始まり、保育園の送り迎えからお誕生会、小学校の入学・卒業式から授業参観、すべてにかかわっててきました。
そんなくるみさんとの付き合いですが、日常の生活の中で、私が彼女に何か注意をするといったようなことは、すでになくなっています。女房どのもそのようです。

女房どのとは学校の話、バレーボールの話、タレントの話、CDの話などをしたり、買い物、料理、有紀さんの送迎など行動も共にすることが多いようです。いい相棒といった感じでしょうか。

私ともいろいろなことを話しますが、塾の時間に教科の質問をしてくるのは姉たちにはなかったことです。その質問も、深く納得するまで執拗【しつよう】に食い下がってきます。これから先、彼女がどのように成長していくのかとても楽しみです。
だからといって、いわゆるがり勉ではありません。毎日の学習時間は90分程度で、それはテスト前でも期間中でも変わりません。それで十分だと言っています。

ところで、きょうの新聞に減少し続けていた子供の学校以外での学習時間が、小中学生では増加に転じ、高校生だけがさらに減少していることがベネッセによる調査で分かったとありました。それによると、06年度の小5の平均が81.5分、中2が87.0分、高2が70.5分だそうです。
ベネッセでは「10年以上続いていた学習離れに歯止めがかかり、学習回帰といえるのではないか」としていますが、これには単に数字が増加したことをもって特定の層を安堵【あんど】させるような、あるいは逆に不安を煽【あお】るような商業主義的意図を感じます。
大切なのは学習の時間の長短ではなく、それが子供によって主体的になされているかどうかということであるはずです。仮に、子供の学習が大人によって受動的、または何らかの強制力が働いてなされているとすれば、その時間が長ければ長いほど子供のその後を心配する必要があるでしょう。
就学前から小学生の早い時期に勉強「させられた」子供は、中学生になると勉強するのを強く拒【こば】むようになる傾向が顕著【けんちょ】であり、中学生で得点や順位ばかりを気にするような勉強を「させられた」子供は高校生になって勉強しなくなる傾向が顕著です。

小中学生の家庭や塾での学習時間が増加に転じた背景には、近年言われだした「学力低下」問題があるのは明らかです。
今こそ、強制力の効【き】かない高校生の学習時間が減少し続けていることの意味を私たちは、もう少し深く考えてみる必要があるように思われます。
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楽しく・仲良く・力を合わせよう

2006年12月06日 | 町内会長
昨夜、町内会の臨時班長会を開きました。今年最後の町内会のイベントである「第2回・招福もちつき祭り」に関し、段取りの最後の確認をするためです。

町内会長役をお引き受けしてからというもの、住民同士が互いに助け合い、支えあいながら、楽しく・仲良く・心豊かに暮らしていく町内会の在り方を提唱し、みんなで手に手を取り合ってさまざまな活動に取り組んできています。
そんな中、町内会に住むすべての皆さんが参加できる催【もよお】しをとの考えから、昨年、もちつきを思い立ちました。もちつきは、つく・丸めるはさておき、最後におもちをいただくことで、だれもが参加することになります。
そこで、昨年度の活動計画にはなかったのですが、みなさんのご理解を得て急遽【きゅうきょ】実行しました。
初めてのことで、戸惑いもありましたが、毎年、ご実家でもちつきをされているという副会長さんのリードで60kgのもち米をつきあげることができました。
老若男女、たくさんの方々が出てこられみんなで楽しみましたが、特に、ご高齢者のみなさんに子供の頃を思い出し「楽しかった!」との喜びのお声をうかがうことができたのは望外【ぼうがい】の喜びでした。

そこで今年『招福もちつき祭り』と銘打【めいう】ち、にぎやかに第2回目を行おうというものです。
子供たちからご高齢者まで男女・世代の枠を超えて仲良く集い、力を合わせ、おもちをついて・こねて・ちぎって・丸めて・美味しくいただき、この1年を元気に締めくくり、みんなで明るく・希望に満ちた新しい年を迎えたいと思っています。

さぁ、準備だ、準備だ!!
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母と子

2006年12月05日 | 家族
土曜日の夜、私の母の81回目の誕生祝いを、この日のために帰省した有紀さんを含め私たち家族でささやかに行いました。

母は独りで住んでいます。彼女の子供は私を含め3人です。3人は、車で30分もかからない所に、それぞれ所帯を持っています。ただ、近くに住んでいるものの互いに忙しいこともあり、そろって顔を合わせることは滅多【めった】にありません。兄弟姉妹というのはそういうものなのかもしれません。
母の誕生日も、77歳の喜寿のお祝いこそみんな集まったものの、毎年、それぞれの家族がそれぞれ祝っています。母も、それを楽しんでいるようです。

母の誕生日は11月30日です。私たちのお祝いの会が12月2日でしたから、母は11月30日・1日・2日と3日連続で誕生のお祝いを受けることになったのでした。
88歳の米寿のお祝いは、母の子供たちとその家族、みんながそろうことになるでしょう。

この日、母は1枚の感謝状を見せてくれました。それは、町の老人会の副会長を10年間、続けてきたことでいただいたものでした。
母は、老人会やデイサービスなどで今もご高齢者のお世話をさせていただいています。そのことは彼女の生きがいであり、誇りでもあるようです。

もうひとつの生きがいは孫たちの成長です。
母の誕生日に、フランスに4週間滞在し、そのままアメリカに渡り仕事をしているという妹の娘から電話があったと嬉しそうに語り、正月にホノルルマラソンに出場するため、現地でトレーニングをしているという弟の娘からの誕生祝の手紙を嬉しそうに見せてくれました。
それにしても、姪【めい】や甥【おい】たちが生き生きと活躍している様子には驚かされました。みんな小さい頃からよく知っている子供たちですから。

母の誕生日に、あらためて母の歩んできた人生を思い、あらためて母の凄【すご】さを思っています。
私にとって、まさに母の恩は山よりも高く、海よりも深いものです。万分の一の恩返しもできませんが、私が少しでも真っ当な人間に近づくことで、その恩に少しでも報【むく】いることができるのではないかと考えています。
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理想の自分って

2006年12月02日 | 暮らし
シンガーソングライター・スガシカオさん作詞・作曲の『Progress』という歌をご存知でしょうか。「progress」を辞書で引くと前進、進歩、解決への動きとあります。
NHKテレビ『プロフェッショナル 仕事の流儀』の主題曲として番組の始めと終わりに、ちょっとハスキーで乾いた感じのスガシカオさんの歌声が流れてきます。

 ぼくらは位置について 横一列でスタートをきった
 つまずいている あいつのことを見て
 本当はシメシメと思っていた
 誰かを許せたり 大切な人を守れたり
 いまだ何一つ サマになっていやしない
 相変わらず あの日のダメな ぼく

 ずっと探していた 理想の自分って
 もうちょっとカッコよかったけれど
 ぼくが歩いてきた 日々と道のりを
 ほんとは“ジブン”っていうらしい

 世界中にあふれているため息と
 君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ…
 “あと一歩だけ、前に 進もう”

女房どの、有紀さん、くるみさんとこの『Progress』の歌詞について語り合っているうちに、小学校の卒業文集によくある「将来の夢」とか「10年後の私」といった問いかけに対する答えについて話が及びました。
文集には「プロ野球選手になりたい」「Jリーガーになりたい」「医者になりたい」「弁護士になりたい」などと具体的な職業が挙がっていました。そんな中「社長になりたい」「宝くじに当たりたい」「大金持ちになりたい」などもあったねと笑い合いましたが、そう無邪気に笑い飛ばせる話ではないように思います。

子供たちに将来の職業をイメージさせることは重要でしょう。お金の大切さを教えることも必要です。
しかし、私たち大人は、あまりにも偏【かたよ】ったメッセージを送り続けてきたのではないでしょうか。そのことが「つまずいている あいつのことを見て 本当はシメシメと思っていた」ような私たちを多く育ててしまってきているように思われます。

私たちは、今こそ「誰かを許せたり 大切な人を守れたり」することを「将来の夢」とか「10年後の自分」として語れる子供たちを育て始める必要があると考えます。

最近「自分探し」という言葉を度々【たびたび】耳にします。四国八十八か所の霊場を巡り歩き、自分の生き方を見つめ直す人たちの姿がテレビで時々紹介されます。
瀬戸内寂聴【せとうちじゃくちょう】さんの青空法話には迷える女性が大勢駆けつけるそうです。
オウム真理教にのめり込んでいった若者たちも「いまだ何一つ サマになっていやしない相変わらず あの日のダメな ぼく」から抜け出したかったのではないでしょうか。
「精神の」「霊的な」という意味のスピリチュアルという言葉が流行語のように使われています。美和明宏さん・江原啓之さん・細木数子さんらが引っ張りだこのようです。
多くの大人が迷子になっています。自分がどう生きるべきか、私たちは途方に暮れているのです。

胸を張って、これが“ジブン”だよと言えるよう“あと一歩だけ、前に進もう”

スガシカオさんが大晦日【おおみそか】の紅白歌合戦に出場します。大晦日に『Progress』を聴きたいな。
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