何の話から始まったのか、すっかり忘れてしまいましたが
「なんでブログを書くのかがちっともわからん。」
と夫さんから言われてしまいました。
夫さんはブログとかツイッターとかSNSとかそういった類にまったく興味がなく、「他人のブログやツイッターを見る気にすらならない」らしいのです。
・・・そんな心意気なのに私のブログだけは読んでくれてるんだ。
むしろすごいことだよね。よく読む気になったよね。
と感嘆していると
「アイスル ツマノ ぶろぐダカラジャナイカナ」
と分かりやすい棒読みで返されました。嘘つきめ。
でもって、自分は読む気にもならないそういった類のものを仕事でも営業でもなく、個人的にわざわざ書いて、しかも世間様に向かって公開している人たちのことはまったく理解できないらしく
「褒めてほしいの?すごいねぇ・・・って言われたいの?
反応が欲しいの?なんでみんなに公開するの?」
と聞かれてしまいました。
うーん・・・・。
私がブログを書く理由・・・・。なんだろう。
「別に褒めてほしいわけじゃないやい。」
ととりあえず反射神経的に全力で否定してしまいましたが。
よくよく思い返すと、ブログを始めた最初の最初って、社会人になって一人暮らしを再開したばかりの「福岡での一人暮らしを満喫していて、ひたすらに飲み歩いてはいるけれど、やっぱり一人暮らしは苦手で、部屋でひとりは寂しのいよう。」という時期で。
つまるところ、ブログを始めた最初の最初のきっかけは「誰かと交流がしたい」という気持ちだったんだろうな、と思い至りました。当初は今でいうところのSNSサイトみたいなところに日記を書いていたし。
でも、足跡がつくタイプのSNSサイトでは「読むだけ」という行為はなんとなく禁止という風潮で頻繁にコメントを返したり、いただいたコメントに返事をしたり、というその作業に怠け者気質、かつネット社会の中ですらひきこもり体質の私はすっかり疲れてしまったのでした。(寂しいという気持ちから始めたくせに。矛盾だらけの人生です。)
で、そこからmixi(懐かしい!)を併用しつつ、今のブログに漂流してきて、今はこのブログでのみ、我が物顔に振る舞っています。
特に読まれて困るようなことは何ひとつ書いていないため、今は退会してしまったmixiでは、このブログを連携させていたのですが、「読まれて困るようなことは何一つ書いていない」ということは、つまり「読んでも有益なこと、おもしろいことはなんにもない。」わけで、知り合いや友人で継続してこのブログを読んでいる方はほとんどいないと思われます。
ましてや知り合いや友人でない方にとっては、なおさらのこと箸にも棒にもかからないブログなので、継続購読するようなそんな奇特な方はほっとんどいないと思っています。
いないに違いないや、と勝手に思って、のびのびと好き放題に書いています。
と書きつつも、継続購読してくださっている奇特な方が実はいらっしゃったりなんかしたら、やっぱりそれはそれでなんとなくそこはかとなーく嬉しいわけで。
反応されたい(コメントがほしい)わけではない。
だけど、「読まれてる」と思うと、やっぱりちょっぴり(よりも少し多く)嬉しい。
というこの微妙な乙女心を分かってほしい。 (それって乙女心なのか?という疑問は置いておいて。)
つまるところ、私のブログに対する思いは「電話は苦手。だけど、お手紙書くのは好き。」という私の好きなもの、苦手なものへの認識と共通する部分が多いんじゃないかな、と思うのです。
「私、元気ですよー!」って伝えたい。
「こんなことありましたよー。」って話したい。
でも、結局はたいした内容ではないので、忙しいに違いない時間に強引に割って入るのは申し訳ない。時間が空いているときにちらりと読んでくれるぐらいでちょうどいい。
勿論、返事が来ると小躍りしたくなるぐらいに嬉しいけれど、返事求む!絶対!!というわけでもないので、まったく返事をいただいてないにも関わらず、定期的に手紙を書いてしまう人たちが何人かいます。自分でも「ストーカーと思われてるんじゃないかしら。」と不安になるぐらい。
なんだか論点を見失いつつありますが、結論。
私にとって、ブログは宛先多数のお手紙のようなもの。らしい。
読まれることを前提としています。
なんとなくではありますが、知り合いや友人や親族の顔を思い浮かべながら書くことが多い気がします。
だからこそ、尚更、内容のない話に終始するよう意識しています。(と、いうのは完全なる言い訳です。実のある話をしろ、と言われても土台無理です。)
でも、そんな中身なんてこれっぽっちもないこの文章について、知り合いや友人や親族が読んでくれているのかも・・・というような反応があると、ひとりほくそ笑みます。
そして、まったく知り合いではないかたからの反応も、それはそれでやっぱり嬉しいのです。(小躍りしたくなるぐらい。大人なのに。)
でも。
やっぱり。
「褒められたい」わけではないんですよ!
かまってちゃんではないんですよ!・・・と、思いたい気持ち、そこは分かっていただきたい!(どん!)
最後の一文は完全に私信です。
「なんでブログを書くのかがちっともわからん。」
と夫さんから言われてしまいました。
夫さんはブログとかツイッターとかSNSとかそういった類にまったく興味がなく、「他人のブログやツイッターを見る気にすらならない」らしいのです。
・・・そんな心意気なのに私のブログだけは読んでくれてるんだ。
むしろすごいことだよね。よく読む気になったよね。
と感嘆していると
「アイスル ツマノ ぶろぐダカラジャナイカナ」
と分かりやすい棒読みで返されました。嘘つきめ。
でもって、自分は読む気にもならないそういった類のものを仕事でも営業でもなく、個人的にわざわざ書いて、しかも世間様に向かって公開している人たちのことはまったく理解できないらしく
「褒めてほしいの?すごいねぇ・・・って言われたいの?
反応が欲しいの?なんでみんなに公開するの?」
と聞かれてしまいました。
うーん・・・・。
私がブログを書く理由・・・・。なんだろう。
「別に褒めてほしいわけじゃないやい。」
ととりあえず反射神経的に全力で否定してしまいましたが。
よくよく思い返すと、ブログを始めた最初の最初って、社会人になって一人暮らしを再開したばかりの「福岡での一人暮らしを満喫していて、ひたすらに飲み歩いてはいるけれど、やっぱり一人暮らしは苦手で、部屋でひとりは寂しのいよう。」という時期で。
つまるところ、ブログを始めた最初の最初のきっかけは「誰かと交流がしたい」という気持ちだったんだろうな、と思い至りました。当初は今でいうところのSNSサイトみたいなところに日記を書いていたし。
でも、足跡がつくタイプのSNSサイトでは「読むだけ」という行為はなんとなく禁止という風潮で頻繁にコメントを返したり、いただいたコメントに返事をしたり、というその作業に怠け者気質、かつネット社会の中ですらひきこもり体質の私はすっかり疲れてしまったのでした。(寂しいという気持ちから始めたくせに。矛盾だらけの人生です。)
で、そこからmixi(懐かしい!)を併用しつつ、今のブログに漂流してきて、今はこのブログでのみ、我が物顔に振る舞っています。
特に読まれて困るようなことは何ひとつ書いていないため、今は退会してしまったmixiでは、このブログを連携させていたのですが、「読まれて困るようなことは何一つ書いていない」ということは、つまり「読んでも有益なこと、おもしろいことはなんにもない。」わけで、知り合いや友人で継続してこのブログを読んでいる方はほとんどいないと思われます。
ましてや知り合いや友人でない方にとっては、なおさらのこと箸にも棒にもかからないブログなので、継続購読するようなそんな奇特な方はほっとんどいないと思っています。
いないに違いないや、と勝手に思って、のびのびと好き放題に書いています。
と書きつつも、継続購読してくださっている奇特な方が実はいらっしゃったりなんかしたら、やっぱりそれはそれでなんとなくそこはかとなーく嬉しいわけで。
反応されたい(コメントがほしい)わけではない。
だけど、「読まれてる」と思うと、やっぱりちょっぴり(よりも少し多く)嬉しい。
というこの微妙な乙女心を分かってほしい。 (それって乙女心なのか?という疑問は置いておいて。)
つまるところ、私のブログに対する思いは「電話は苦手。だけど、お手紙書くのは好き。」という私の好きなもの、苦手なものへの認識と共通する部分が多いんじゃないかな、と思うのです。
「私、元気ですよー!」って伝えたい。
「こんなことありましたよー。」って話したい。
でも、結局はたいした内容ではないので、忙しいに違いない時間に強引に割って入るのは申し訳ない。時間が空いているときにちらりと読んでくれるぐらいでちょうどいい。
勿論、返事が来ると小躍りしたくなるぐらいに嬉しいけれど、返事求む!絶対!!というわけでもないので、まったく返事をいただいてないにも関わらず、定期的に手紙を書いてしまう人たちが何人かいます。自分でも「ストーカーと思われてるんじゃないかしら。」と不安になるぐらい。
なんだか論点を見失いつつありますが、結論。
私にとって、ブログは宛先多数のお手紙のようなもの。らしい。
読まれることを前提としています。
なんとなくではありますが、知り合いや友人や親族の顔を思い浮かべながら書くことが多い気がします。
だからこそ、尚更、内容のない話に終始するよう意識しています。(と、いうのは完全なる言い訳です。実のある話をしろ、と言われても土台無理です。)
でも、そんな中身なんてこれっぽっちもないこの文章について、知り合いや友人や親族が読んでくれているのかも・・・というような反応があると、ひとりほくそ笑みます。
そして、まったく知り合いではないかたからの反応も、それはそれでやっぱり嬉しいのです。(小躍りしたくなるぐらい。大人なのに。)
でも。
やっぱり。
「褒められたい」わけではないんですよ!
かまってちゃんではないんですよ!・・・と、思いたい気持ち、そこは分かっていただきたい!(どん!)
最後の一文は完全に私信です。