土曜日の夜、関東にあるネズミの国へ行ってきたばかりの幼馴染から
お土産話を聞くため、お茶をしに行きました。
なにせ私も10月の連休にネズミの国を訪問予定なのです。
どんな感じなのか、情報収集をしておかねば。
という殊勝な心意気。
(でも、予約とか準備とかすべて友人にお任せ。
たまに希望を聞かれて「うーん。行けるなら行きたーい。」と
答えるだけで、全力で友人に甘えてます。・・・ごめん。
と、本人に届かないところで謝ってみる。)
「どうだったのよ?ネズミの国は。楽しかった?」
とわくわくしつつ、正座する!ぐらいの勢いで膝を正して
ネズミの国の情報を伺ったところ、見事に心が折れました。
しょんぼりするしかなかった。
情報収集している間中、眉毛がハの字になってました。
わたくし、ネズミの国はお伽の国だと信じて疑わない
30代のいい年をした大人なんですけど
そして、そんなお伽の国が今年30周年を迎えるというので
ネズミの国(の海側)が5周年を迎えた時にその場でお祝いした者として、
再び駆けつけねば、という妙な責任感と高揚を感じて旅立とうとしている
30代の大人なんですけど、
でも、なんかこの国にはネズミの国の30周年をお祝いしたい人が
私の予想の300倍ぐらいいらっしゃるみたい。
「あ。今年、30周年??それじゃ、私もお祝いしますよ?」ぐらいの
「たまたま隣の席の子のお誕生日を知ってしまった人」程度の熱意しかない
私ごときが出る幕じゃなかった。の、かも。
と恐る恐る周囲を見渡しています。
(幼馴染の話を聞く限り)ネズミの国に集まる人たちの熱意が違いすぎる。
「熱意」というものから程遠い私は、そもそも場違いなんじゃ。
と根本的なところから考え直さんばかりの勢いです。
いわく
・午前9時にはランドへの入場制限がかかって新規入場禁止だったよ。とか
・午前10時の段階で取れたファストパスの時間が午後4時半だったよ。とか
・お昼ご飯なんて座って食べられると思うな。
座って食べないものですら、延々と並ぶぞ。とか
・30周年の影響でお土産すら午前10時には人気のものは売り切れだよ。とか
・お土産売り切れておじさんが店員さんに怒ってたよ。とか
ホントに恐ろしい噂しか聞きません。・・・て、これ噂じゃなかった。
先週末、ネズミの国を訪れた幼馴染の実話なのです。こわいっ。
しかも、この体験談に驚愕し、友人たちに
「こんな状態らしいよ?」と鼻息荒く報告したところ、
ほぼ全員が冷静に受け止めてくれました。ちゃんと予測してました。
「この時期はそんなもん」らしい。
「ハロウィンと重なってるから」らしい。
私なんてここ数年、ハロウィンの時期が来るたびに、
日本ではいつの間にハロウィンがこんなに定着したんだろう。
仮装ってこんなに一般的なの??
と動揺と疑問を抱えて生きていたというのに、
私が現実に対応できないでいる間に
ネズミの国では着々とハロウィンイベントが定着してました。
今やハロウィンはネズミの国も認めるメジャーイベントなのね。
という事実に改めて打ちのめされました。
後輩からは「ハロウィンシーズンの連休に行くなんて!
マジで死にますよ!?」と、まさかの命の心配をされる始末。
本当に?と不安に戦いていると、プランナーの友人から
「待たないためには勝ちに行かないと。」というメールが届きました。
がっつり勝負の世界でした。
生きるか死ぬか、の心意気が必要でした。
そんなこんなでお伽の国に必要だとは夢にも思っていなかった
恐怖心とか不安とか「この戦いに勝ってみせる。」という静かな決意なんかを
わんさか抱えてネズミの国に旅立とうとしています。
でも、諦めの悪い私はまだ心のどこかで「いや、そうは言っても・・・」と
自分の目で見たものしか信じようとしない悪あがきの感情が働いています。
あとは、「きっと人生で二度と見ないような行列と人ごみを味わえるはず。」
という期待。結局、私の8割は楽観的成分でできているのです。
その楽観的成分をこれ以上増やさないように気を配りつつ、
旅立つその日までネズミの国の現実と向き合う気合を養いながら過ごします。
おそらく、今はこんなにおびえてても
私の想像を超えるお伽の国に着いたらそこで目一杯楽しむと思います。
そこは自信がある。
キャパシティオーバーの人、人、人!を見たら絶対に楽しくなっちゃう。
そこにも自信がある。
ただ、楽しくなってる場合ではないのです。
勝ちに行く。
この決意を忘れず、戦いに挑めるのか。そこが心配。
がんばる!必ず生きて帰る!と自分に言い聞かせて過ごします。
お土産話を聞くため、お茶をしに行きました。
なにせ私も10月の連休にネズミの国を訪問予定なのです。
どんな感じなのか、情報収集をしておかねば。
という殊勝な心意気。
(でも、予約とか準備とかすべて友人にお任せ。
たまに希望を聞かれて「うーん。行けるなら行きたーい。」と
答えるだけで、全力で友人に甘えてます。・・・ごめん。
と、本人に届かないところで謝ってみる。)
「どうだったのよ?ネズミの国は。楽しかった?」
とわくわくしつつ、正座する!ぐらいの勢いで膝を正して
ネズミの国の情報を伺ったところ、見事に心が折れました。
しょんぼりするしかなかった。
情報収集している間中、眉毛がハの字になってました。
わたくし、ネズミの国はお伽の国だと信じて疑わない
30代のいい年をした大人なんですけど
そして、そんなお伽の国が今年30周年を迎えるというので
ネズミの国(の海側)が5周年を迎えた時にその場でお祝いした者として、
再び駆けつけねば、という妙な責任感と高揚を感じて旅立とうとしている
30代の大人なんですけど、
でも、なんかこの国にはネズミの国の30周年をお祝いしたい人が
私の予想の300倍ぐらいいらっしゃるみたい。
「あ。今年、30周年??それじゃ、私もお祝いしますよ?」ぐらいの
「たまたま隣の席の子のお誕生日を知ってしまった人」程度の熱意しかない
私ごときが出る幕じゃなかった。の、かも。
と恐る恐る周囲を見渡しています。
(幼馴染の話を聞く限り)ネズミの国に集まる人たちの熱意が違いすぎる。
「熱意」というものから程遠い私は、そもそも場違いなんじゃ。
と根本的なところから考え直さんばかりの勢いです。
いわく
・午前9時にはランドへの入場制限がかかって新規入場禁止だったよ。とか
・午前10時の段階で取れたファストパスの時間が午後4時半だったよ。とか
・お昼ご飯なんて座って食べられると思うな。
座って食べないものですら、延々と並ぶぞ。とか
・30周年の影響でお土産すら午前10時には人気のものは売り切れだよ。とか
・お土産売り切れておじさんが店員さんに怒ってたよ。とか
ホントに恐ろしい噂しか聞きません。・・・て、これ噂じゃなかった。
先週末、ネズミの国を訪れた幼馴染の実話なのです。こわいっ。
しかも、この体験談に驚愕し、友人たちに
「こんな状態らしいよ?」と鼻息荒く報告したところ、
ほぼ全員が冷静に受け止めてくれました。ちゃんと予測してました。
「この時期はそんなもん」らしい。
「ハロウィンと重なってるから」らしい。
私なんてここ数年、ハロウィンの時期が来るたびに、
日本ではいつの間にハロウィンがこんなに定着したんだろう。
仮装ってこんなに一般的なの??
と動揺と疑問を抱えて生きていたというのに、
私が現実に対応できないでいる間に
ネズミの国では着々とハロウィンイベントが定着してました。
今やハロウィンはネズミの国も認めるメジャーイベントなのね。
という事実に改めて打ちのめされました。
後輩からは「ハロウィンシーズンの連休に行くなんて!
マジで死にますよ!?」と、まさかの命の心配をされる始末。
本当に?と不安に戦いていると、プランナーの友人から
「待たないためには勝ちに行かないと。」というメールが届きました。
がっつり勝負の世界でした。
生きるか死ぬか、の心意気が必要でした。
そんなこんなでお伽の国に必要だとは夢にも思っていなかった
恐怖心とか不安とか「この戦いに勝ってみせる。」という静かな決意なんかを
わんさか抱えてネズミの国に旅立とうとしています。
でも、諦めの悪い私はまだ心のどこかで「いや、そうは言っても・・・」と
自分の目で見たものしか信じようとしない悪あがきの感情が働いています。
あとは、「きっと人生で二度と見ないような行列と人ごみを味わえるはず。」
という期待。結局、私の8割は楽観的成分でできているのです。
その楽観的成分をこれ以上増やさないように気を配りつつ、
旅立つその日までネズミの国の現実と向き合う気合を養いながら過ごします。
おそらく、今はこんなにおびえてても
私の想像を超えるお伽の国に着いたらそこで目一杯楽しむと思います。
そこは自信がある。
キャパシティオーバーの人、人、人!を見たら絶対に楽しくなっちゃう。
そこにも自信がある。
ただ、楽しくなってる場合ではないのです。
勝ちに行く。
この決意を忘れず、戦いに挑めるのか。そこが心配。
がんばる!必ず生きて帰る!と自分に言い聞かせて過ごします。