9/18 164回
【薄雲(うすくも)の巻】 その(3)
十二月になって、霰混じりの空模様に、明石の御方は一層心細い思いで、姫君を抱きしめながら、このような日がまたあるとは思えない、と泣き伏しております。
雪が解け掛かった頃に、源氏がお出でになりました。明石の御方は、あのことでお出でになったと胸のつぶれる思いで、心の中では、
「わが心にこそあらめ、否び聞えむをしひてやは、あぢきな、と覚ゆれど、軽々しきやうなり、とせめて思ひかえす」
――(姫君をあちらへ差し上げるのも上げないのも)私の心次第、厭ですと申し上げましたら無理にも連れて行かれましょうか。もう詮無いことと悔やまれますが、今更ながらそのような事を申し上げては軽々しいこと、と懸命に我慢していらっしゃる――
姫君のご様子は、
「この春より生ほす御髪、尼そぎの程にて、ゆらゆらとめでたく、つらつき、まみの薫れる程など、いへばさらなり」
――この春から整えはじめていらっしゃる御髪が、尼削ぎ(切り下げ髪の尼の髪くらい=腰上くらい)ほどに延びて、ゆらゆらとゆたかにゆれて、顔つきや目元の美しいことは言うまでもありません――
明石の御方は、泣く泣く、
「『何か、かく口惜しき身の程ならずだに、もてなし給はば』と聞ゆ」
――どうか、私のような身分の者の子と軽蔑してさえくださらないのでしたら…、と申し上げます――
「姫君は、なに心もなく、御車に乗らむことをいそぎ給ふ。寄せたる所に、母君自ら抱き出で給へり。片言の声はいとうつくしうて、袖をとらへて『乗り給へ』と引くも、いみじう覚えて」
――姫君は無心で、御車に早くお乗りになりたく急いでいらっしゃる。車寄せの所まで、明石の御方が抱いて行かれます。片言の言葉はとても可愛らしく、御母の袖を掴まえて「乗りましょう」と引きます。――
ではまた。
【薄雲(うすくも)の巻】 その(3)
十二月になって、霰混じりの空模様に、明石の御方は一層心細い思いで、姫君を抱きしめながら、このような日がまたあるとは思えない、と泣き伏しております。
雪が解け掛かった頃に、源氏がお出でになりました。明石の御方は、あのことでお出でになったと胸のつぶれる思いで、心の中では、
「わが心にこそあらめ、否び聞えむをしひてやは、あぢきな、と覚ゆれど、軽々しきやうなり、とせめて思ひかえす」
――(姫君をあちらへ差し上げるのも上げないのも)私の心次第、厭ですと申し上げましたら無理にも連れて行かれましょうか。もう詮無いことと悔やまれますが、今更ながらそのような事を申し上げては軽々しいこと、と懸命に我慢していらっしゃる――
姫君のご様子は、
「この春より生ほす御髪、尼そぎの程にて、ゆらゆらとめでたく、つらつき、まみの薫れる程など、いへばさらなり」
――この春から整えはじめていらっしゃる御髪が、尼削ぎ(切り下げ髪の尼の髪くらい=腰上くらい)ほどに延びて、ゆらゆらとゆたかにゆれて、顔つきや目元の美しいことは言うまでもありません――
明石の御方は、泣く泣く、
「『何か、かく口惜しき身の程ならずだに、もてなし給はば』と聞ゆ」
――どうか、私のような身分の者の子と軽蔑してさえくださらないのでしたら…、と申し上げます――
「姫君は、なに心もなく、御車に乗らむことをいそぎ給ふ。寄せたる所に、母君自ら抱き出で給へり。片言の声はいとうつくしうて、袖をとらへて『乗り給へ』と引くも、いみじう覚えて」
――姫君は無心で、御車に早くお乗りになりたく急いでいらっしゃる。車寄せの所まで、明石の御方が抱いて行かれます。片言の言葉はとても可愛らしく、御母の袖を掴まえて「乗りましょう」と引きます。――
ではまた。