永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(496)

2009年09月10日 | Weblog
 09.9/10   496回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(50)

 源氏は、長年連れ添っている人(紫の上)でさえ、妊娠などなかったのだから、何かの間違いであろうと、その場はそれ以上あれこれとはお聞きにならず、やはり紫の上を心配されて、せっせとお手紙ばかり書いていらっしゃる。女房は、

「いつの間につもる御言の葉にかあらむ。いでや安からぬ世をも見るかな」
――いったいこちらにいらして幾日にもなりませんのに、あちらの御方に、そんなにお書きになることがあるのでしょうか。さても宮の御為には不安な思いをすることよ――

 と、女三宮の過ちを知らない者たちは言います。

「侍従ぞ、かかるにつけても胸うち騒ぎける」
――(手引きをした)あの小侍従だけは、このような成り行きに胸騒ぎがするのでした。

「かの人も、かく渡り給へりと聞くに、おほけなく心あやまりして、いみじき事どもを書き続けて、おこせ給へり」
――柏木も、源氏が六条院の女三宮のところへ赴かれたと聞くや、とんでもない逆恨みをして、宮への恋慕の情を書き連ねて寄こされたのでした――

 柏木からのお手紙を小侍従が取り次いで、人目を忍んで宮にお見せ申し上げますと、宮は気分が悪いと臥せっておしまいになりますので、「このほんの始めの方だけでもご覧ください。お気の毒でございますよ」とお手紙を広げようとしたところに、

「人の参るに、いと苦しくて、御几帳引きよせて去りぬ。いとど胸つぶるるに、院入り給へば、えよくも隠し給はで、御褥の下にはさみ給ひつ」
――誰か人がいらっしゃったので、小侍従は困って御几帳に姿を隠して退出してしまいました。(女三宮が)慌てて胸がどきどきしていらっしゃる所へ、源氏が入ってこられましたので、柏木の手紙を隠し切れず、取りあえずお布団の下に挟み込んでしまわれたのでした。――

◆おほけなく=身分不相応である。身の程をわきまえない。

◆心あやまりして=心誤り=思い違い。心得違い。

ではまた。


源氏物語を読んできて(495)

2009年09月09日 | Weblog
09.9/9   495回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(49)

 女三宮のただならぬ有様をお聞きになって、源氏は六条院に参らねばと思っていらっしゃる。紫の上も大分正気になられ、源氏にも余裕が出てきましたようで、

「かくて見奉るこそ夢の心地すれ。いみじく、わが身さへ限りと覚ゆる折々のありしはや」
――こんなに良くなられた所を拝見できて夢のようです。あの頃は随分お具合が悪くて、私までが死ぬかと思われる時が度々ありましたよ――

 と、源氏はご自分でも感慨無量の面もちでおっしゃる。紫の上の歌、

「消えとまるほどやは経べきたまさかに蓮のつゆのかかるばかりを」
――蓮の露がほんの少し消え残っている時間ほども私は生きていられないでしょう――
 
源氏の歌、

「契りおかむこの世ならでもはちす葉に玉ゐる露のこころへだつな」
――蓮の葉に露が玉と置くように、この世だけでなくあの世でも一緒だと忘れないように約束しよう――

 さて、源氏にとってのお出かけ先はもの憂いのですが、帝や朱雀院の聞こえもありますので、ようよう六条院へお渡りになります。女三宮は、

「御心の鬼に、見え奉らむもはづかしう、つつましくおぼすに、……おとなびたる人召して、御心地のさまなど問ひ給ふ。例のさまならぬ御心地になむ、とわづらひ給ふ御有様を聞こゆ」
――良心が咎めて、源氏にお逢いすることが恥ずかしく、遠慮されますので、……歳をとった女房を召して、宮の御容態をお聞きになりますと、女房は、普通のご病気ではなく御懐妊らしいですと、申し上げたようでございます――

源氏は首をかしげ、

「あやしく程へてめづらしき御事にも」
――今時分になって妙なこともあるものだ――

ではまた。

源氏物語を読んできて(494)

2009年09月08日 | Weblog
 09.9/8   494回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(48)

 時は五月雨(今の六月)の季節で、晴々としない空の気色に加えて、紫の上のご病状もすっきりとしませんが、それでも以前よりいくらかずつ良くなっていらっしゃるようです。あの時の物怪も時々現れては、「もう来ません」などと言うものの、まったく去ってしまうということもなく、暑い季節に向かっては、また紫の上のお身体も弱ってきて、源氏は本当にご心配で歎いていらっしゃる。

紫の上は、

「世の中になくなりなむも、わが身にはさらに口惜しき事残るまじけれど、かく思し惑ふめるに、空しく見なされ奉らむが、いと思ひぐまなかるべければ」
――私が亡くなろうとも、私自身では何も残念な気持ちが残ることはないのですが、源氏の御方が、私と死別ということになりましたなら、どんなにか思い嘆かれるかと、ご同情に堪えませんので――

 無理にも元気を出して薬湯などを少しずつ召し上がるようになられたせいか、六月になる頃には、御頭を持ち上げられるようになりました。しかし源氏はまだまだ心配で、六条院へはお渡りになれません。

 女三宮は、柏木との秘密の事があって以来、お身体の具合が悪く、五月ごろからはご病気ではないのに、お食事も進まず、青ざめて衰えてこられました。

「かの人は、わりなく思ひあまる時々は、夢のやうに見奉りけれど、宮、つきせずわりなき事に思したり。」
――かの人(柏木)は、どうしても我慢が出来ないときどきは、夢のような逢瀬を重ねておりましたが、女三宮は、ひどく困惑され、限りもなく辛く思っておられます――

 柏木は源氏を怖れつつも、このような有様なのでございました。世間的には柏木を普通の人以上だと皆が思うでしょうが、源氏の立派なご様子に親しまれた女三宮からすれば、

「めざましくのみ見給ふほどに、かくなやみわたり給ふは、あはれなる御宿世にぞありける。」
――ただ、癪にさわる気持ちで見ておられる内に、こうして御懐妊になられたのは、ご同情に堪えぬ御因縁というものです――

 宮の御懐妊に気づいた侍女たち(源氏の御子と信じておりますので)は、それでもたまにしか来られない源氏にぶつぶつと不平を申し上げるのでした。

◆写真:6月頃の夏ツバキ

ではまた。

 

源氏物語を読んできて(493)

2009年09月07日 | Weblog
 09.9/7   493回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(47)

 このように紫の上が蘇生されました後は、源氏も殊に物怪を恐ろしくお思いになって、さらに厳めしい修法を追加しておさせになります。

「現人にてだに、むくつけかりし人の御けはひの、まして世かはり、あやしきものの様になり給へらむを思しやるに、いと心憂ければ、中宮をあつかひ聞こえ給ふさへぞ、この折は物憂く…」
――生存中でさえ不気味であった六条御息所が、ましてあの世で、異様なお姿になられたことを察せられましたので、ますます不愉快になられ、秋好中宮のお世話をなさるのさえ今は気が進まず――

「言ひもてゆけば、女の身は皆おなじ罪深きもとゐぞかしと、なべて世の中いとはしく、かのまた人も聞かざりし御中の睦物語に、すこし語り出で給へりしことを、いひ出でたりしに、まことと思し出づるに、いとわづらはしく思さる」
――煎じつめれば、女というものは皆同様に、罪障の基となるものだと、男女の仲というものは厭わしいものよ。あの日の、他に聞く人もない紫の上との睦み語らった中で、ちょっと六条御息所のことにも触れたことを、物怪が言いだしたことをみると、まことに御息所に違いないと思いだされて、源氏はひどく煩わしいお気持ちになります――

「御髪おろしてむ、と切に思したれば、忌むことの力もやとて、御頂きしるしばかり剪みて、五戒ばかり受けさせ奉り給ふ。
――(紫の上が)剃髪させてほしいと熱心に望まれますので、源氏は、授戒の功徳もあろうかと、頭の毛を、ほんのしるしだけ切って、五戒だけ受けさせなさいました――

 御戒の導師が受戒の功徳の広大な由を仏に申し上げております。源氏は人目もはばからず紫の上の傍に付ききって、涙を拭いつつ念仏なさっておいでのご様子は、

「世にかしこくおはする人も、いとかく御心惑ふ事にあたりては、えしづめ給はぬわざなりけり。(……)夜昼思し歎くに、ほれぼれしきまで、御顔もすこし面痩せ給へにたり」
――源氏ほどの賢人でいらっしゃっても、これほど困惑なさることに当たっては、お心を鎮めることができないようです。(どのようにすれば、紫の上の命を延ばしてさしあげられるものかと)夜昼歎かれていらっしゃるので、まるで気が抜けたようで、お顔も少しお痩せになってしまわれた――

◆もとゐ=基

世の中のこと=男女の関係

◆五戒=殺生、偸盗(ちゅうとう=ぬすみ)、邪淫、妄語、飲酒の五つの事を慎む戒。

◆ほれぼれしき=惚れ惚れしき=放心したさま。ぼんやり。うっとりする。

◆写真:ムクゲ

ではまた。

源氏物語を読んできて(492)

2009年09月06日 | Weblog
 09.9/6   492回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(46)

 衛門の督(柏木)は、昨日は鬱鬱と暮したのですが、今日は弟君たちを車の後ろに乗せて、葵祭りの見物に出られました。そこで紫の上ご死去の噂をお聞きになって、真偽のほどがはっきりしませんので、とにかくお見舞いにと二条院に参上します。二条院では人々が泣き叫んでいますので、ああ本当なのだと、今さらに驚いておられる。

 大将の君(夕霧)が涙をぬぐってこちらにいらしたので、柏木はお見舞いを申し上げますと、

「いと重くなりて、月日経給へるを、この暁より絶え入り給へりつるを、物怪のしたるになむありける。(……)」
――重体となられて長らくいらっしゃったのですが、今朝より臨終になられてしまったのは、物怪の仕業なのでした。(今はようやく生き返られたように伺っていますが、まだまだ油断がなりません。本当に悲しくてなりません)――

 と、実際激しく泣かれた様子で、目が腫れていらっしゃる。衛門の督(柏木)は、

「わがあやしき心ならひにや、この君の、いとさしも親しからむ継母の御ことを、いたく心しめ給へるかな」
――自分の怪しき恋に推しはかってか、夕霧の、そう親しくしておられない継母の紫の上のことを、それほど心にかけておられるとは――

 いかにも怪しいことだと、心に留めたのでした。

 源氏は見舞いの人々に、

「重き病者の、にはかにとぢめつるさまなりつるを、女房などは心もえをさめず、乱りがはしく騒ぎ侍りけるに、みづからもえのどめず、心あはただしき程にてなむ」
――重病人が急に臨終のようにみえましたが、女房達がそわそわして無暗に騒ぎましたので、私も落ち着かずに慌ただしくしている最中ですので、これで失礼します――

 「このように、お見舞いくださいましたお礼は、改めてもうしあげます」と、源氏がおっしゃいます。柏木は、胸がどきりとして、

「かかる折のらうろうならずばえ参るまじく、けはひはづかしく思ふも、心のうちぞ、腹ぎたなかりける」
――このような折の混雑にでも紛れなければ、とても源氏の邸になど、伺われる筈はないと、何となく恥ずかしく覚えるのも、心の内を見透かされまいとの、自分を庇う腹汚なさである――

◆とぢめつるさま=閉じめ=死に際、臨終

◆写真:葵祭り  風俗博物館

ではまた。


源氏物語を読んできて(葵と桂)

2009年09月06日 | Weblog
葵祭りの葵と桂

 葵祭は鎌倉、室町時代に衰え江戸期に再興した徳川氏に因んで葵祭と呼ばれるようになった。以前から行われていた祭りで平安初期に国家行事として行われる事になった賀茂祭(かものまつり)である。

 賀茂祭のように松尾大社と稲荷大社に日吉大社も桂と葵を飾りに使う。一緒に飾る事を諸飾(もろかざり)という。

◆写真:賀茂祭り  風俗博物館

源氏物語を読んできて(491)

2009年09月05日 | Weblog
 09.9/5   491回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(45)

 物怪はさらにつづけて、

「この人を深く憎しと思ひ聞こゆる事はなけれど、まもりつよく、いと御あたり遠き心地して、え近づきまゐらず、御声をだにほのかになむ聞き侍る。よし今はこの罪軽むばかりのわざをせさせ給へ。」
――この人(紫の上)を、深く恨んでいるわけではなく、あなたの方に獲りつきたいのですが、あなたは神仏の加護が強く、非常に遠い心地がして近寄れないのです。お声をほのかに聞ける程度なのです。どうぞ今、私の罪障が消えますように仏事供養をしてください――

「修法読経とののしる事も、身には苦しくわびしき焔とのみまつはれて、さらに尊きことも聞こえねば、いと苦しくなむ。」
――修法や読経などと大騒ぎされましても、それは物怪調伏のためであって、私の身にとっては焔に包まれるように苦しく、尊いお経文も聞こえぬのでとても苦しいのです――

「中宮にもこの由を伝へ聞こえ給へ。ゆめ御宮仕への程に、人ときしろひ嫉む心つかひ給ふな。斎宮におはしましし頃ほひの、御罪軽むべからむ功徳のことを、必ずせさせ給へ。いと悔しき事になむありける」
――秋好中宮にも、私のことをお伝えください。決して宮仕え中には他の婦人と衝突や嫉妬を起こしてはなりませんよ。斎宮時代(伊勢の斎宮として)、仏事に遠ざかっていた罪を消す程の供養を必ず勤めなさい。斎宮になった事は死後の身にも残念なことだったのですから――

 と、物怪は言い続けますが、それに答える気にもならず、源氏は一層強く祈祷で封じ込めて、紫の上を別の場所にお移しになります。
 世間では、紫の上御死去の報が広がって、折しも賀茂の祭りの帰りに人々は、口々に、

「いといみじき事にもあるかな。生けるかひありつる幸い人の、光失ふ日にて、雨はそぼ降るなり」
――大変なことになってしまった。生き甲斐のある幸運な人(紫の上)が光を失う日なので、雨がそぼ降るわけなのだな――

 などと、冗談めいて言う人や、「ああ何もかも揃った人は、決まって長生きしないものだ」などと、もう死んでしまったかのように言うのを、源氏は縁起でもないと思っていらっしゃる。

◆斎宮になった事の残念=神社の神に仕えていた期間は、仏道を離れていたので、
 仏の加護が得られていないので、その埋め合わせにも仏道に立ち戻ってお勤めをしなさい。この時代、神道より仏教が身を救ってくれると信じられていた。

ではまた。


源氏物語を読んできて(490)

2009年09月04日 | Weblog
 09.9/4   490回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(44)

 源氏は、よりましの童を打ちすえて、

「まことにその人か。…確かなる名のりせよ。また人の知らざらむ事の、心にしるく思ひ出でられぬべからむを言へ。さてなむ、いささかにても信ずべき」
――本当に六条御息所なのか。はっきりと名を言え。他の人が知らないことで、私だけがはっきり思い出せそうな事があったら言え。そうすればいくらかでも信じよう――

 と責め立てますと、よりましの童は、ほろほろとひどく泣いて言うには、

「『わが身こそあらぬさまなれそれながらそらおぼれする君はきみなり』いとつらし、つらし」
――(物怪の言葉)「私こそ昔と変わり果てた姿ですが、昔のお姿のままで、空とぼけていらっしゃるあなたは、随分ひどい方です」うらめしい、うらめしい――

 と泣き叫ぶその姿は六条御息所に違わないので、そうと分かって尚さら嫌になったので、もう口をきかせまいと源氏はお思いになります。が、物怪はなおも、

「中宮の御事にても、いとうれしくかたじけなし、となむ、天翔りても見奉れど、道ことになりむれば、子の上までも深く覚えぬにやあらむ。なほ自らつらし、と思ひ聞こえし、心の執なむとまるものなりける。…」
――わが娘の秋好中宮へのお世話も、とてもうれしく勿体ないとも、死後にあっても感謝していますが、幽冥境を異にしますと、子の上にまでは深く感じないものなのでしょう。やはり辛い悔しいと思った執念が現世に留まるものなのでした…――

「その中にも、生きての世に、人より貶して、思し棄てしよりも、思ふどちの御物語のついでに、心よからず憎かりし有様を、宣ひ出でたりしなむ、いとうらめしく、今はただ亡きに思しゆるして、こと人のいひ貶めむをだに、省き隠し給へとこそ思へ、とうち思ひしばかりに、かくいみじき身のけはひなれば、かく所狭きなり…」
――その中でも、私の存命中、他人から見くびられた恨みよりも、あの日、貴方が紫の上にお話になった折りの、私を不快に憎く思っておられることを口になさったのが、ひどく恨めしくて、今はもう私が死んだ者として、人が悪く言う事があっても、貴方だけは打ち消してくださると思っていましたのに、こういうひどい悪霊の身とて、こんな大事件になったのです――

◆所狭きなり=所狭き(ところせき)=窮屈な、厄介なこと。

ではまた。


源氏物語を読んできて(489)

2009年09月03日 | Weblog
 09.9/3   489回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(43)

 源氏の一通りでないご悲嘆を、仏も照覧されたのでしょうか、

「月頃さらに現れ出で来ぬ物怪、ちひさき童に移りて、呼ばひののしる程に、やうやう生きいで給ふに、うれしくもゆゆしくも思し騒がる」
――この数か月少しも現れなかった物怪が、よりましの童に乗り移って、それが大声を上げる間に、紫の上がだんだん意識を取り戻されましたので、源氏はうれしいとも恐ろしいとも言いようもなく感動されました――

 物怪は厳重に調伏されてしまいました。その物怪が、ものを申すには、

「人はみな去りね。院一所の御耳に聞こえむ。おのれを月頃調じ、わびさせ給ふが、情けなくつらければ、同じくは思し知らせむ、と思ひつれど、さすがに命も堪ふまじく、身を砕きて思し惑ふを見奉れば…」
――他の人はみな退りなさい。源氏一人の御耳に入れましょう。私をこの月頃、調伏してお苦しめになるのが情けなく辛くて、同じことならこの恨みを思い知らせて差し上げようと思ったのです。けれども貴方(源氏)が、命も危ない程に困惑なさるのを見ますと…――

「…今こそかくいみじき身を受けたれ、いにしへの心の残りてこそ、かくまでも参り来るなれば、物の心苦しさをえ見過さで、つひにあらはれぬること。さらに知られじと思ひつるものを」
――やはり私は、今でこそこのような浅ましい物怪などになっておりますものの、昔人間だった頃の心が残っていればこそ、こんな風になってまで来たのですから、人情の切なさを見捨てかねて、ついに身を現したのです。決して現われまいとおもったのですが――

 と言って、髪を振り乱して泣くその様子は、

「ただ昔見給ひし物怪のさまと見えたり。あさましくむくつけしと、思ししみにし事の変わらぬもゆゆしければ、この童の手を捉えて、引き据ゑて、様あしくもさせ給はず」
――何と昔見た物怪の様子(かつて葵の上の病中に現れた六条御息所の霊)とよく似ている。浅ましくも恐ろしいと胸に沁みこんだ思いも同じく気味が悪いので、源氏は、この童の手を捉え引き据えて、紫の上に危害が及ばないようにおさせになるのでした。――

◆絵:紫の上の病気と童によりつきの物怪 wakogenjiより

ではまた。

源氏物語を読んできて(488)

2009年09月02日 | Weblog
 09.9/2   488回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(42)

「日頃はいささか隙見え給へるを、にはかになむかくおはします」
――ここ数日は少し快方にむかっておられましたのに、急にこういうことになられました――

と、側の侍女たちは、自分たちも遅れず紫の上の後を追って、ご一緒に死にたいと泣き惑うことといったら、大変です。

 源氏は、

「さりとも物怪のするにこそあらめ。いとかくひたぶるにな騒ぎそ」
――それはきっと、物怪の仕業であろう。そのようにむやみに騒ぐな――

 と、しずめなさって、ますます厳めしい祈願を前以上におさせになります。立派な験者どもを沢山集めて蘇生の願をお立てになります。

「『限りある御命にてこの世つき給ひぬとも、ただ今しばしのどめ給へ。不動尊の御本の誓ひあり。その日数をだにかけとどめ奉り給へ』と、頭よりまことに黒煙を立てて、いみじき心を起こして加持し奉る」
――(修験者たちは)「寿命でお亡くなりになったとしましても、もうしばらく延ばしてください。不動尊の御本の誓いがありましょう。(定命のつきた者にも六か月間の延命を許すのが不動尊の本誓であるという)せめてその六か月間でも、この世におとどめ申してください」と、本当に頭から黒煙を立てて、非常の大願を起こして加持してさしあげます――

 源氏も、

「ただ今一度目を見合わせ給へ、いとあへなく限りなりつらむ程をだに、え見ずなりにける事の、悔しく悲しを」
――せめてもう一度、目をお開きください。実にあっけなく臨終の時さえ見ずに終わったことが残念で、悲しいのに――

 と、もうすっかりうろたえて、今にも後を追われそうなご様子に、お見上げする人々の何とも言えない気持ちは、想像にあまりあるというものです。

ではまた。