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リチャードジュエル

2020-01-22 07:54:11 | 映画

イーストウッド映画は円熟味を増してきた。
どれだけ世の中が変わろうとも主義主張が一貫しているように思える。
アウトサイダーの目線で社会や権力に鋭い眼差しを投げかけ、英雄とは何かを問い続ける。
ある意味、頑なな生き様であり、闘い方。
ただ少し棘は抜けてきたようにも感じる。
89歳の彼の通算40本目となる監督作も、じわじわと胸に迫る。
リチャード・ジュエル、ほんの何日か前まで英雄として賞賛されていた男。
爆発物から観客を避難させ被害を最小限に抑え、時の人となる。
しかしFBIが疑いの目を向けたのをきっかけにメディアは豹変して襲いかかり、ジュエルは一気に奈落の底へ。
無辜なる人が社会の餌食とされてしまった。
これがイーストウッド映画たるゆえんは、爆破テロの真犯人を追う、FBIが無実の人間に冤罪を投げかける、事実無根を報じたマスコミを断罪する、またはサスペンスではないということ。
監督が違えばその事件性を追究できたのかもしれない。
イーストウッドは、ごく普通リチャードが辿る葛藤のドラマのみに眼差しを向ける。
それも世間的にまだ、さほど知られていない俳優を主演に据えることで、先入観を持って見つめてしまうような状況を作る。
FBIが攻勢をかける中、何ら抵抗手段を持たないジュエル。
母は不安に崩れ落ちそうになりながら息子を信じ続け、弁護士は母子に手を貸すカウボーイにも見える。
昔のイーストウッド主演の映画のようにライフルも馬も荒野もないが、イーストウッドの最もよく知る勧善懲悪が浮かび上がる。
確たる根拠もないまま報道され、情報がはびこる状況は、まさに2020年の現代社会に酷似している。
イーストウッドは現代社会に向けて引き金を引いている。
FBIやメディアの断罪に時間を費やすよりは、純朴な人たちが、それでも、なお善き市民であり続ける姿を、尊厳を持って浮き彫りにする。
静かな視座からあふれる温もり。
イーストウッドはジュエルと言う名もなき英雄を描いた。