『日本は・日本人は凄い 4(空手のこと、沖縄空手は真の武道 1)』
『「組手」フルコンタクト・ノンコンタクトと「形」の将来は』
剣道では「先々の先」(せんせんのせん)、「先の先」(せんのせん)、「後の先」(ごのせん)と云いますが、当然ですが 「後の後」という言葉は聞いたことがありません。 これは素人でも想像ができます。 鋭利な刀槍(刃物)で戦うことの厳しさを表現しております。
更に『無手勝流』もあります。
❶戦わずに勝つ。武器を使わず力に頼らずに人に勝つ。
❷頭や作戦などで勝負に勝つ事。
❸自分勝手な方法で挑む。自己流のやり方を通す。
❹剣士・塚原卜伝の異名。
『無手勝流』は、戦わずに勝つという意味が大前提にあります。 そして、武器を用いないで作戦・策略で勝つというものと、自己流の方法というものに分けられます。 昨今の人間社会を見ていますと、こんなことが通じるものか、どうか、寂しい限りです。
昔、中学時代には、けんかに負けない強いガキになるために、空手を習おうとしましたが、田舎のこと、通える『近くの道場』がないので、裏山の手ごろな立ち木に荒縄巻き付けた『マキワラ』で、マンガや雑誌の絵を見様見まねで自己流鍛錬をしたものですが、なぜか、空手道には入っていけませんでした。
半世紀も前のことですが、男子高校でしたので、必修科目に『柔道と剣道』がありました。 農家の四男でも、小学生の高学年から中学生の頃には 『3本万能鍬』で『さつま芋ほり』を、手伝っていましたので『握力』は異常に鍛えられて強く、高校の柔道と剣道の先生には、目をかけて頂きました。
柔道のこと、
高校時代の柔道のクラス対抗では、一年生は有段者も参加できましたので、3年生の自分は、この一年生の有段者と当たりました。 対時・組み合ってすぐに、分かったのですが立ったままではすぐ相手の腰にのせられ、投げ飛ばされそうになりましたので、自慢の長い脚で、ヤジロベーのように耐え、やっとのことで寝技に持ち込み、自慢の『握力』で,袈裟固めでやっと、有段者に勝ちました。
剣道のこと、
津田沼鉄道連隊の跡地に設立された男子高校時代のことです。 必修科目の剣道の時間に『野試合』という変わった剣道を経験できました。 普通は『野試合』は一騎打ちですが、この時は集団戦でした。 高校のグランドは、『質実剛健』のモットーを地で行く? 砂利轢きではなく、『小さな砕石轢き』に雑草が生えていました。 将に『野試合』にぴったりです。
剣道防具のフル装備で、竹刀を手に、素足で戦う集団戦ですので、素足で野山を駆け回った経験のない、ひ弱な都会っ子を獲物に選んでは、次々と、田舎育ちの自分が圧倒できたのを覚えています。 この防具をつけた集団竹刀戦ですが、相手に怪我をさせる心配が殆どないので、思い切って『膂力・握力』を出し切って、鍛え抜かれた『握力』が役立ち戦えた記憶があります。 なぜか痛快でした。
寄り道が長すぎましたことご容赦願います。 表題の『空手のこと、沖縄空手が真の武道!』に戻ります。
日経新聞(2022/02/06)のNIKKEI The STYLEに連続3頁3面に紹介されました。
『平和の武 守礼の心 「空手に先手なし」』
「人に打たれず、人打たず、事なきをもととするなり」 沖縄空手の先人が残した金言にも、礼節を尊ぶ平和の武としての精神性が表されています。 技法や技術だけではなく、守礼の心を学ぶことこそが、多くの空手愛好家が、海をこえて沖縄を訪れる大切な理由です。
ウエブ情報から引用
良き生き方としての沖縄空手
『東京五輪の正式競技に採用された空手の愛好者は、世界199の国と地域に1億3千万人を数える。
だが発祥の地、沖縄で道場を歩き、関係者の話に耳を傾けると、競技やスポーツとしての華々しさとは異質の姿が浮かび上がる。
繁栄と苦難に満ちた島の歴史や文化。 そこに暮らす人々の思い―――。 沖縄空手はまさに、生き方そのものだった』と、ありました。 更に、
沖縄空手とは何か?
今回は沖縄空手について少し話そうと思います! まず初めに空手にはさまざまな種類があり、伝統空手、フルコンタクト空手、競技空手などがあります。更に一つ一つの空手に流派、団体、道場があります。 例をあげたらきりがありません。 その中で私がしている空手は伝統空手にあたります。
沖縄空手の種類
首里手(シュイディー)、那覇手(ナーファディー)、泊手(トュマイディー)、上地流に分けられます。 その中で、那覇手で宮城長順という方が剛柔流という流派を作りました。 その宮城長順先生の一番弟子が八木明徳大先生であり、私の曾祖父です。 曽祖父が明武舘をつくりました。 祖父も父も空手をしていて空手一家に私は生まれました。 本当に空手をずっとしてきました。沖縄空手道剛柔流明武舘八木道場は曽祖父が初代、祖父が2代目、父が3代目、私が4代目にあたります。 まだまだまだまだ未熟なので空手道を追求、鍛錬していき、少しでも曽祖父、祖父、父に近づけるように日々精進していきます。
そして沖縄の空手道の素晴らしさを世界に広めたいと思っています!
武道とスポーツの違いとは?
ウエブにありました。 『武道とスポーツのもっともわかりやすい違いは、勝ち負けに対しての感情表現です。点を取るたび仲間と抱き合い、喜びを爆発させるサッカーやバスケットボールと違い、剣道や柔道では一本を取った後の姿勢までもが問われ、勝敗を左右しかねません。その根源にあるのはルーツの違いです。武道のルーツは武士という職業・仕事であり、スポーツは遊びから始まりました。』
フットワークと間合い
昔、格闘技大好きだった傘寿爺ですが、高校時代に、ロードワークを一緒にしたボクシング部に誘われ、3ラウンドを戦ったことがあります。 ヘッドギアも今のものとは全く異なる、ちゃちなもので、12オンスのグローブも重かったし、3ラウンド(3分1分休み・3分1分休み・3分)の9分が地獄の長さに感じた事がありました。
確かに、ボクシングのフットワークのように飛んだり跳ねたりする動きでは、骨盤は前傾して、バネを確保しておく必要があります。 しかし、東洋的な動きの場合は飛んだり跳ねたりというような変化の中に変化を入れるということじゃなく、静から動へ瞬間的に移る動きが基本になっていることです。
武道や武術は元々ルールの無いところから出てきたものなのです。 相手が凶器で何を持っているか分からない状況のなか、相手との距離(間合い)は、現在行われている試合に比べて遥かに『遠く』とるようです。
空手の発祥の地は、15世紀(室町時代)に成立した琉球王国。 現在の沖縄県です。 この頃既に、剣や槍、弓、棒、釵(さい)などの武器を用いた武術が存在しました。 一方、中国(当時は明)からは、中国拳法が伝わりました。元々武術の盛んな土地柄。 興味を持った人々が、それを受け入れ19世紀後半には「手(てぃー)」と呼ばれる琉球拳法が確立したと言われています。 それがいつの間にか「唐手」と呼ばれるようになりました。 「唐」は7~10世紀の中国の国名なので、中国由来ということ示す意味があったのかもしれません。
沖縄は、中国と日本の間にあった昔の琉球国です。 沖縄の方々の名前は3文字の漢字の苗字が多いです。 例えば『具志堅(姓は具、名は志堅)』『仲宗根(姓は仲、名は宗根)』とか中国名のフルネームを苗字にされた歴史があり、さらに『ひめゆりの塔』の歴史もあります。 皆様も沖縄をいろんな角度から見て頂きたいと思います。 沖縄空手だけでも沖縄の歴史を物語っています。
沖縄空手を通じて、少し沖縄のことが解ってきました。 更に沖縄空手のことを調べて勉強したいと思います.
(記事投稿日:2022/02/12、 #474)
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