原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

ゆうちょ銀行に復讐に行く計画はとりやめ、義母の墓入れを決定しました

2025年02月21日 | 人間関係
 いや、何と言っても人の葬儀が終了した直後とは、疲れがどっと出るものだ。

 ゆうちょ銀行相手に復讐劇場(昨日のエッセイをご参照下さい)を繰り広げる心身共々の余裕など、我が老体の身に残っていない事実に気付かされる…

 それに、まだまだ義母葬儀の残務もある。
 お骨を墓に入れる作業もこなさねばならない。
 本日亭主が電話にてその日程を墓地に確認したところ、その日程が先程決定した。



 葬儀が終了した後、我が家に義母の「骨壺」を持ち帰ったわけだが、どういう訳か、亭主がその「骨壺」を私の書斎の直ぐ近くに安置したのだが。

 これが、不思議なことに何とも心地よいのだ。
 まるで義母が横で私を優しく見守ってくれているかの如くの柔らかい空間に、私の書斎が変貌したのだ! 
 それには、私なりに義母に大変お世話になった過去の事実がある故だろう。



 義母には生前、実にお世話になった嫁の私だ。

 婚姻直後に、我々新婚夫婦への “ビッグプレゼント” として、当時未だ珍しい存在だった「タワーマンション」をド~~~ン!! と購入して下さった。
 そこの住み心地が悪いと我々夫婦が好き勝手な我がままを言った途端、「貴方達の好きな所に好きな物件を買い替えなさい」と追加費用まで負担して頂いて、すぐさま物件を買い替えたものだ。

 私が高齢出産にて娘が産まれた際は、緊急搬送の超難産だったのだが。
 その際もずっとそばにいて見守って下さったのは、義母だった。

 その後も、決して出しゃばらずに我々一家とは適切な距離を置きつつ、必ずや多額の出費が必要な際には真っ先に“札束”をド~ン!と差し出して下さる人だった。

 高齢域に達した後には、認知症故のわがままも多少出始めたりもしたが。
 それでもとにかく高齢者施設暮らし故に、我々夫婦に迷惑が及ぶことはごく少数だったと今となっては振り返る。

 
 先程の亭主の話によれば、以前より予約してあった原家の墓地(谷中墓地だが)に義母を入れる手はずも整ったようだ。

 意外と早く、3月初頭には義母もその墓地に入れることが可能らしい。
 「石碑」が作れるとの墓地からのお話だったようで、私が是非 原家全員の氏名を刻んだ石碑を作ろう! とその案に同意しておいた。
 (参考だが、我々夫婦の墓地は 別の場所に永代供養墓を既に予約している。 そのため、谷中墓地に入ることは無い。)


 上述の如く、義母死去後の段取りがすべて上手く機能して。

 義母を送るとの最後の我が家の仕事が、流暢に展開している事実に今となっては安堵すらしている私だ。

 今更ながら、良き嫁ぎ先に嫁げたものだと。

 原家一族の皆様に、感謝申し上げたい程だ。


私の実母は、いつも真っ先に米国の姉の現状を私に伝えたがる…

2025年02月16日 | 人間関係
 昨日、義母が亡くなった旨の知らせを郷里の高齢者施設にて暮らす実母に伝えた時の事だ。


 その要件に関する私側の話が未だ終わり切らない時に、実母が言い始めるには。
 「米国の姉が、脚を骨折したと電話で言ってきた。 どうやら重傷で既に長い期間病院に入院中との事だ。 ナンタラカンタラ… 」

 
 私は 米国の姉とは、既に30年程前に絶縁宣言をしている。(本エッセイ集バックナンバーにても何度か公開しているが。)

 にもかかわらず私の電話の話を遮ってまでも、実母は米国の姉の現状を伝え続けようとする。
 (鬱陶しいなあ、こんな時に!)と思いつつも、一応、「そうなのね。」とは応えたものの。

 私としては、昨日の電話の目的であった「義母の死」に関する詳細話をもっとしたかったにもかかわらず、その状態となった。

 一応 実母の話を聞いてやりつつ、内心まさに鬱陶しさの感情で頭が混乱する。

 
 この私とて、高齢域に達しようとする時期と 3年程前に骨折は経験済みだ。
 そりゃ、大変なことは承知の上だが。
 昨日の電話の目的は、実母からその話を聞いてやることではない。


 米国の姉が 脚を骨折した事実に関しては、想像がつく。
 既に今71歳を迎えようとしている身にして、いつも必ずや10cm~12㎝程のヒール靴やサンダルを愛好している人間であり続けていると想像する。
 身長は私とほぼ同じ165cmなのだが、おそらく米国人は身長がもっと高いため、負けず嫌いの姉は 高齢域に達した後も、それ程のヒール靴で出歩いていることであろう。


 それにしても。

 下の娘の私が 義母の死の報告を目的として掛けた電話にて、急いでその私を捕まえて米国の姉が骨折した事実を真っ先に伝えるのか!?!! と実際、不快感が先行したものだ。😠 😲 


 人間、たかが骨折で命を失う事は無い。
 それは この私が近い過去に手足や鎖骨を複数回骨折した経験があるため、重々承知だ。

 まあ 米国の姉も、今回(脚の何処を骨折したのかは不明だが)の骨折により、今後ヒールの高い靴を愛用するのを少しは控えることであろう。

 それにしても 郷里の実母も米国の姉の不祥事に関して、いつまでもその解決策を次女の私に依存するのは本気でやめて欲しい!! 

 (我が実母は 決して米国の姉相手に “次女の私に困っている” なる弱音を吐くことは、絶対的に無いはずです!!)
 

医学企業勤務時代の同僚女性に 孫が生まれたらしい

2025年01月31日 | 人間関係
 このお孫さんご誕生のお知らせ葉書を頂戴したのは、今年の正月が過ぎ去って1週間ほど経過した時期だっただろうか。


 この女性(Hさんとしておこう)に関しては我が記憶の中に、未だにある程度鮮明に残っている。
 私と同い年だが1年後の入社で、当時既に職場のリーダー格であった私が主にHさんの仕事内容の指導をさせていただいた。

 当時の私の印象では控えめの性格というのか、積極的に質問・疑問を提示するタイプの人格の方では無く、少し指導に戸惑ったような記憶がある。
 いえいえ、そうでないタイプが指導し易い、ということでは決して無い!
 指導者側の個性にもよるであろうが。 
 私にとって今尚記憶に残っているHさんの存在とは、決して薄くは無かったどころか。 私にとって得ることも多かった指導経験として、未だにHさんのことは我が鮮明に記憶に残っている。


 そのHさんとの年賀状交換は、お互いに医学業務の職場を退職した後も続行しただろうか。
 おそらくHさんの方が先にご結婚と共に退職され、子どもさんも生まれたと記憶している。
 
 なんせ、私はその後も二度目の大学進学を志したり、高校教諭経験をしたり、はたまた医学業務に舞い戻ったりと紆余曲折の人生を歩んでいる身だ。
 この私が一人芝居で多忙にしている間にも、毎年Hさんから年賀状を頂戴していた記憶がある。


 そんなHさんとの交流歴史をすっかり忘却していた身にしての、今回のHさんからの年始のご挨拶葉書(すべて直筆!)到着だった。


 今年から、年賀状廃止に踏み切った我が身にして。
 遅ればせながら頂いたこのHさんからの「孫誕生のお知らせ直筆葉書」こそが、この年始に届いた年賀状等々の中で私にとって一番印象的だった。

 にもかかわらず、それが届いた時期がちょうど義母の「青色申告」業務を開始した時期と重なってしまい…
 未だにその返答が叶わなかったとのいきさつだ。


 そして、やっと義母の「青色申告」を終えた私は。

 本日、Hさん宛にパソコンにて手紙を綴って投函した。

 
 今年、「年賀状じまい」を宣言してそれを実行した原左都子だが。


 こんなふうに、過去の時代に交流した同業・同士からの予期せぬ「お孫さん誕生」のお知らせ葉書を新年に頂戴した事実が。

 何にも増して、嬉しかったものだ。 😊  
 

私が70歳過ぎたら… vol.2

2025年01月26日 | 人間関係
 (冒頭写真は、2021.1.26付公開の我がエッセイ集に掲載した写真を再掲載したもの。)



 先程 冒頭表題エッセイを、我がエッセイ集内に発見した。

 
 早速  2021.01.26付同題目エッセイの一部を、以下に再掲載しよう。
 

 冒頭写真の某週刊誌記事を、考察して行こう。

 「70過ぎたら “やめること” “捨てること” “離れること”」との見出しだが。

 私の場合、既に20代で郷里を捨て親を捨て上京して親から経済面で独立し自由の身となっている立場にして、今更それを実行せねばならない立場ではない。
 結婚・出産が遅かったこともあり、自由奔放に生きた時代が長い感覚だ。

 そのまま現在にまで至った挙げ句に、義母・実母に依存される身だが。
 ただ、両人共に施設暮らしを選択してくれている関係で、トラブルすら無ければ特段我が生活が乱されることもない。(このトラブルが一旦発生すると、心痛を抱え込む事となるのだが。)

 “きょうだいの縁”ねえ。
 これも我が40代に、思い切って米国の姉との縁を私側から切った。

 “友人との縁”。
 これに関しても私の場合、嫌な奴らとの縁は既に自然に切れていると判断できよう。

 “子どもとの縁”。
 これに関しては、私にとっては世の中で一番に可愛い娘と(2021年当時)同居中だが、これぞ我が人生を最大に充実させてくれている源とも言えよう。
 (おそらく結婚を望まないであろう??)娘との縁が今後も長く続きそうな事態が、私にとって今後の一番の生き甲斐となろう。

 えっ、なになに??
 “嫌いな嫁” に、“知らない甥” に財産を渡さないと決める???
 私の場合、“嫁”には一生涯縁がなさそうなのはラッキーだが。

 実は “知らない甥”との財産分与は、既に経験・解決済みだ。
 詳述は避けるが、義理姉が膵臓癌で63歳の若さにて亡くなった後に、今まで一度たりとてお会いしたこともなかった義理姉の3度目のご亭主の“甥”と名乗る方より、自身も遺産の取り分がある!との主張が我が亭主の下に届けられた、との事件に遭遇している。
 この際の我が亭主の采配ぶりに私は感動した。 きちんと法制度に従った計算を施し、それを実行に持ち込み一件落着させた。 あの事件の時ほど、我が亭主の力量に感激した事件は未だかつて無かったため、いつもその案件を思い出しては亭主を褒めてやっている。😁

 この私が「老人ホーム」に入る気が無い事に関しては、再三再四表明している。
 何分、徹底的に“集団嫌い”の私だ!
 義母と実母の高齢者施設を訪れる機会があるが、たとえ普段は個室暮らしとしても、食事は皆で一緒等々の風景を見る都度、私には絶対的に無理感を抱かされるばかりだ。

 「人間ドック」に「サプリ」???
 そんなもの原左都子でなくとも、正式な医学教育を受けた人材がそれに依存するすべもなし!
 それと「運動」とを一緒くたにする過ちを犯してはならない。
 要するに、他力本願の「運動」との意味かな? それならば納得だ。

 最後に、「見栄」ねえ。
 興味深い課題だが。
 高齢者が“見栄を張る”場面とは如何なる場面なのだろう。 無い能力をあるがごとくに見せようとする高齢者が多いとの事実だろうか??
 そう言えば、我が郷里実母が施設内でそれを常にやってしまっている電話を受けるなあ。 例えば、娘自慢とかねえ。(特に米国暮らしの姉の自慢をよくやらかしているようだ。 かの過疎地に於いてはそれのみで自慢になり得る!と未だ信じている実母こそが哀れですらあるのだが…)

 等々と自由感覚で記述してきたら、既に3000字オーバーのようだ。

 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を再掲載したもの。)



 上記エッセイを公開してから、ちょうど4年の年月が流れている。

 4年が経過した今現在尚 高齢者施設暮らしが続く実母・義母共々が、相当老いぼれてしまっている事実が痛い。😫 
 それでも 両者共々特段の致命的疾患が無く まだまだこの世に生存しそうなのが、返って今後の我が不安材料でもあるのだが… 😖 


 「70過ぎたら “やめること” “捨てること” “離れること”」との見出し。

 これに関して 今まさに私自身が70歳を迎えようとしている身にして、今こそ真剣に考察するべきだろう。

 ただ 原左都子の場合、“捨てること”“離れること”に関しては、随分と早い時期にそれを実行に移している立場である事実に気付かされる。

 まず「親」だが。 私が20歳前半期に単身上京することにより、早くもそれを実行に移せている。

 「兄弟との縁」は既に“縁切り”実行済みだし。 

 「子どもとの縁」に関しても、我が娘側から独り立ちを申し出てくれ 既に親元を離れている。

 「人間ドック」に「サプリ」???
 これに関しては、繰り返すが。 そんなもの原左都子でなくとも、正式な医学教育を受けた人材がそれに依存するすべもなし! だ!!


 そうすると。

 この原左都子の場合は、 70歳を迎えずして。 
 当の昔から  “やめること” “捨てること” “離れること” のすべてを、段取り良く実行(処分)できている身であることに気付かされる。

 これ、我ながら自分を褒めたい思いだ!! 😃 


原左都子からgooブログ公開皆様のブログに「いいね!」をする権利

2025年01月07日 | 人間関係
 つい先ほど、皆様のブログの一部を訪問させて頂きましたところ。


 冒頭の表題に関しましては。

 この原左都子が、皆様のブログに「いいね!」をする権利が回復していた様子です。


 それにしましてもgooの一ブロガーに過ぎない原左都子としましては、今回の表題に関して、大いなる疑問や不快感がぬぐえない思いでおります…


 gooには、今回の措置(トラブル??)に関してきちんと説明責任を果して欲しく考えます!!

 もしも、一時のシステムトラブルであったにせよ、説明責任があると判断致します!!



 正直に申しますと。

 今回のトラブルが原左都子に与えた衝撃の大きさは、計り知れないものがありました…

 一ブロガーとして、他ブロガーが記された素晴らしき記事に、この原左都子とて「いいね!」をする権利は絶対的にあるはずです!! (たとえ、原左都子側が「いいね!」欄を閉鎖しているとしても!!!)

 それを一時でも拒否された身にもなって欲しい程に、gooを恨みました。


 本日、ブロガーとしての貴重な権利が回復した事実に実に安堵しております。

 今後は、gooにはたとえ一時のミス??? であれ。

 このような失態無きよう。

 切実にお願い申し上げます!!!