私は、ソチ冬季五輪フィギュアスケート女子代表 浅田真央選手 にどうしてもお詫びせねばならない事がある。
それは4年前のバンクーバー冬季五輪 女子フィギュアフリー終了直後に綴り公開した「原左都子エッセイ集」2010年2月26日バックナンバー 「浅田真央選手の五輪敗因を検証する」 と題するエッセイ内容記述に於いて、真央選手に対する大いなる誤解があった点だ。
とりあえず、以下に4年前に公開したエッセイ内容を要約しながら振り返ってみよう。
五輪初の女子ショートプログラムにおける“トリプルアクセル”の成功、そしてこれまた五輪初の女子フリーにおける“トリプルアクセル”2度の成功。 未だ19歳にしてこれだけ輝かしいまでの技術力のある浅田真央選手を、何故に「浅田真央プロジェクトチーム」(そんなものが存在するのかどうかは不明だが)は五輪で勝たせてやれなかったのか… との無念の思いで、フィギュア女子フリー後に“悔し涙”で泣きはらしてしまった真央選手ファンの原左都子だった。
現在のフィギュアスケート競技においては、単に技術力のみならず、芸術力がそれと同等以上に採点評価対象となっている。 この芸術力は現在では“演技構成力”との名称に移り変わっているが、その内容とは選手の音楽性や演目の全体的描写まですべてを含め、広い意味でプログラム全体の芸術総合構成力を評価の対象としているようである。 むしろこの“演技構成力”に重きが置かれるのが、現在のフィギュア競技の採点基準の特徴であろう。
過去の五輪において、フィギュア女子日本代表の伊藤みどり氏がフリー中失敗を何度も重ねながら、演技終盤で五輪初の“トリプルアクセル”を成功させることにより「銀メダル」を力づくでもぎ取ったごとくの時代は、既に過ぎ去りし遠い昔のノスタルジーと化しているのである。
まだまだ19歳の浅田真央選手には、おそらく「(仮称)真央プロジェクト」が背後組織として後援しつつ、今回のバンクーバー五輪に挑んだものと推し量る。 その上で(原左都子の推測にしか過ぎないが)、「真央プロジェクト」は、あくまでも真央選手の最大の武器である“トリプルアクセル”を何度も飛ばせることをもって「金メダル」をゲットしようと目論んだとも憶測する。
これに対し、韓国のキムヨナ選手の背後組織である「(仮称)キムヨナプロジェクト」の目指す方向は何年も前から異なる方向を見据えていた。 バンクーバー五輪においてのキムヨナ選手の最大の“ライバル”は浅田真央選手であると4年も前から射程を定め、その打倒対策を虎視眈々と採っていたものと原左都子は推測するのだ。
この戦略とは物凄いものがある。 まずは今期五輪開催地カナダにおいて国民の間でその名を轟かせている男子フィギュア銀メダリストのブライアン・オーサー氏をキムヨナ選手のコーチとし、カナダを練習地とすることで韓国のみならずカナダの地にもキム選手を早くから溶け込ませる作戦であった。
この戦略がもたらした効果の程も凄まじい。
ブライアン・オーサー氏の指導力もすばらしかった様子だ。 現在のフィギュア採点基準から判断した場合、五輪に勝つためにはキム選手が苦手な“トリプルアクセル”にこだわる必要は一切ないと言い切り、それを早期に切り捨てたとの報道だ。 本番での失敗の危険性が高く大して点数に繋がらない大技の習得に無駄な時間を費やすよりも、得意な3回転ジャンプの精度を上げることを優先した。 さらにはフィギュア本来のスケーティング技術やスピード力の向上に専念して技術力の強化を図ると同時に、キム選手の天性の持ち味である“芸術力”をさらに研ぎ澄ますことにより本人の自信を最高度のレベルまで導いた様子である。
片や浅田真央選手側は、あくまでも“トリプルアクセル”にこだわり続けた。それは本人の意思なのか、背後組織の策略なのかは私には計り知れない。
結果として、キムヨナ選手が真央選手に大差をつけて金メダルに輝いた。
19歳という若さにして、様々なバックアップ力に後ろ盾されつつ五輪最高得点を獲得して今回世界頂点を完全制覇したキムヨナ選手。 片や、トリプルアクセルという離れ業を大舞台で3度も披露しつつも、戦略面で敗れ去った同年齢の浅田真央選手。
だが、勝負とはまだまだこれからが面白いというものだ!
(以上は、「原左都子エッセイ集」4年前のバンクーバー五輪フィギュア女子フリー直後に公開したバックナンバーより一部を要約引用。)
さて冒頭に記した通り、浅田真央選手への「お詫び」行脚に入ろう。
先だって1月26日(日)夜9時よりNHK総合テレビにて放映されたNHKスペシャル 「浅田真央・金メダルへ ▽ジャンプ復活の秘密密着! 涙の銀メダルから4年 “最後”の五輪に挑む」 を見聞した私は、真央選手に申し訳ない思いで“穴があったら入りたい”心境になった。
と言うのもNHK報道によると、真央選手は19歳時点、いやそれよりずっと以前から試合では必ずや「三回転半」を飛ぶ! 事を第一義とする強い意志の持ち主だったようなのだ!
そうとは露知らず、私はてっきり「(仮称)真央プロジェクト」が彼女の背後に控えていて、そのプロジェクトの判断で本人の意思に寄らずに(我が国に金メダルをもたらそうとの“卑劣な魂胆”で)真央選手に「三回転半」を強制していたのかと捉えていたのだ。
(余談ではあるが、今現在の国内政権政策とて、まるで子供のごとく安直に他国を打ち負かそうとの魂胆が見え見えで“卑劣”極まりないと捉えている原左都子なのだが…)
そうではなかった事実に安堵すると同時に、現在24歳になられている真央選手の成長ぶりにも拍手を贈りたい思いの私だ。
バンクーバー五輪後、母親を亡くすとの決定的試練を乗り越えつつ、真央氏は4年の年月をかけて「三回転半」の改良に積極的に取り組んだ様子だ。
佐藤コーチの下、助走スピードを上げることにより「三回転半」が技術面及び“出来栄え点”でも完成度を増している事実をNHKスペシャルで確認することが出来た。
最後に、原左都子の私論結論に入ろう。
浅田真央選手はご自身のフィギアスケート人生に於いて本人自らが一番こだわり続けた「三回転半ジャンプ」を、バンクーバー敗北の後4年間の年月を賭けて最高度に導いた事実とその並々ならぬ努力過程により、もう既に「金メダル」をゲット出来ていると私は拍手申し上げたい思いだ。
後は、まさに(真央選手がおっしゃるところの)最後のソチ五輪にご自身が目指す成果を挙げ、それを堪能し楽しむ姿を私も是非とも拝見したい。
「原左都子エッセイ集」開設直後の2007年9月に、私は「成功の尺度」と題するエッセイを公開している。
その結論のみを語るならば、「成功」とは“自分自身の達成感”が決めることであり、“他者の評価”など二の次の基準に過ぎない、 との内容だ。
フィギュアスケートとは、特に演技構成力配点に於いて「他者の評価」にある程度依存せねばならないスポーツ競技であることが否めない事実であろう。
そんな中、日本代表浅田真央選手がソチ五輪会場で何を優先してでも「三回転半」を成功させる!事を第一義としてフィギュアスケート人生を歩んで来られている確固たる意志に、改めて大いなる拍手を贈りたい原左都子だ!
真央ちゃん、ソチオリンピック頑張れ!!
今度こそ貴女自身の「達成感」に基づくサクセスゲットの笑顔が見たい!
それは4年前のバンクーバー冬季五輪 女子フィギュアフリー終了直後に綴り公開した「原左都子エッセイ集」2010年2月26日バックナンバー 「浅田真央選手の五輪敗因を検証する」 と題するエッセイ内容記述に於いて、真央選手に対する大いなる誤解があった点だ。
とりあえず、以下に4年前に公開したエッセイ内容を要約しながら振り返ってみよう。
五輪初の女子ショートプログラムにおける“トリプルアクセル”の成功、そしてこれまた五輪初の女子フリーにおける“トリプルアクセル”2度の成功。 未だ19歳にしてこれだけ輝かしいまでの技術力のある浅田真央選手を、何故に「浅田真央プロジェクトチーム」(そんなものが存在するのかどうかは不明だが)は五輪で勝たせてやれなかったのか… との無念の思いで、フィギュア女子フリー後に“悔し涙”で泣きはらしてしまった真央選手ファンの原左都子だった。
現在のフィギュアスケート競技においては、単に技術力のみならず、芸術力がそれと同等以上に採点評価対象となっている。 この芸術力は現在では“演技構成力”との名称に移り変わっているが、その内容とは選手の音楽性や演目の全体的描写まですべてを含め、広い意味でプログラム全体の芸術総合構成力を評価の対象としているようである。 むしろこの“演技構成力”に重きが置かれるのが、現在のフィギュア競技の採点基準の特徴であろう。
過去の五輪において、フィギュア女子日本代表の伊藤みどり氏がフリー中失敗を何度も重ねながら、演技終盤で五輪初の“トリプルアクセル”を成功させることにより「銀メダル」を力づくでもぎ取ったごとくの時代は、既に過ぎ去りし遠い昔のノスタルジーと化しているのである。
まだまだ19歳の浅田真央選手には、おそらく「(仮称)真央プロジェクト」が背後組織として後援しつつ、今回のバンクーバー五輪に挑んだものと推し量る。 その上で(原左都子の推測にしか過ぎないが)、「真央プロジェクト」は、あくまでも真央選手の最大の武器である“トリプルアクセル”を何度も飛ばせることをもって「金メダル」をゲットしようと目論んだとも憶測する。
これに対し、韓国のキムヨナ選手の背後組織である「(仮称)キムヨナプロジェクト」の目指す方向は何年も前から異なる方向を見据えていた。 バンクーバー五輪においてのキムヨナ選手の最大の“ライバル”は浅田真央選手であると4年も前から射程を定め、その打倒対策を虎視眈々と採っていたものと原左都子は推測するのだ。
この戦略とは物凄いものがある。 まずは今期五輪開催地カナダにおいて国民の間でその名を轟かせている男子フィギュア銀メダリストのブライアン・オーサー氏をキムヨナ選手のコーチとし、カナダを練習地とすることで韓国のみならずカナダの地にもキム選手を早くから溶け込ませる作戦であった。
この戦略がもたらした効果の程も凄まじい。
ブライアン・オーサー氏の指導力もすばらしかった様子だ。 現在のフィギュア採点基準から判断した場合、五輪に勝つためにはキム選手が苦手な“トリプルアクセル”にこだわる必要は一切ないと言い切り、それを早期に切り捨てたとの報道だ。 本番での失敗の危険性が高く大して点数に繋がらない大技の習得に無駄な時間を費やすよりも、得意な3回転ジャンプの精度を上げることを優先した。 さらにはフィギュア本来のスケーティング技術やスピード力の向上に専念して技術力の強化を図ると同時に、キム選手の天性の持ち味である“芸術力”をさらに研ぎ澄ますことにより本人の自信を最高度のレベルまで導いた様子である。
片や浅田真央選手側は、あくまでも“トリプルアクセル”にこだわり続けた。それは本人の意思なのか、背後組織の策略なのかは私には計り知れない。
結果として、キムヨナ選手が真央選手に大差をつけて金メダルに輝いた。
19歳という若さにして、様々なバックアップ力に後ろ盾されつつ五輪最高得点を獲得して今回世界頂点を完全制覇したキムヨナ選手。 片や、トリプルアクセルという離れ業を大舞台で3度も披露しつつも、戦略面で敗れ去った同年齢の浅田真央選手。
だが、勝負とはまだまだこれからが面白いというものだ!
(以上は、「原左都子エッセイ集」4年前のバンクーバー五輪フィギュア女子フリー直後に公開したバックナンバーより一部を要約引用。)
さて冒頭に記した通り、浅田真央選手への「お詫び」行脚に入ろう。
先だって1月26日(日)夜9時よりNHK総合テレビにて放映されたNHKスペシャル 「浅田真央・金メダルへ ▽ジャンプ復活の秘密密着! 涙の銀メダルから4年 “最後”の五輪に挑む」 を見聞した私は、真央選手に申し訳ない思いで“穴があったら入りたい”心境になった。
と言うのもNHK報道によると、真央選手は19歳時点、いやそれよりずっと以前から試合では必ずや「三回転半」を飛ぶ! 事を第一義とする強い意志の持ち主だったようなのだ!
そうとは露知らず、私はてっきり「(仮称)真央プロジェクト」が彼女の背後に控えていて、そのプロジェクトの判断で本人の意思に寄らずに(我が国に金メダルをもたらそうとの“卑劣な魂胆”で)真央選手に「三回転半」を強制していたのかと捉えていたのだ。
(余談ではあるが、今現在の国内政権政策とて、まるで子供のごとく安直に他国を打ち負かそうとの魂胆が見え見えで“卑劣”極まりないと捉えている原左都子なのだが…)
そうではなかった事実に安堵すると同時に、現在24歳になられている真央選手の成長ぶりにも拍手を贈りたい思いの私だ。
バンクーバー五輪後、母親を亡くすとの決定的試練を乗り越えつつ、真央氏は4年の年月をかけて「三回転半」の改良に積極的に取り組んだ様子だ。
佐藤コーチの下、助走スピードを上げることにより「三回転半」が技術面及び“出来栄え点”でも完成度を増している事実をNHKスペシャルで確認することが出来た。
最後に、原左都子の私論結論に入ろう。
浅田真央選手はご自身のフィギアスケート人生に於いて本人自らが一番こだわり続けた「三回転半ジャンプ」を、バンクーバー敗北の後4年間の年月を賭けて最高度に導いた事実とその並々ならぬ努力過程により、もう既に「金メダル」をゲット出来ていると私は拍手申し上げたい思いだ。
後は、まさに(真央選手がおっしゃるところの)最後のソチ五輪にご自身が目指す成果を挙げ、それを堪能し楽しむ姿を私も是非とも拝見したい。
「原左都子エッセイ集」開設直後の2007年9月に、私は「成功の尺度」と題するエッセイを公開している。
その結論のみを語るならば、「成功」とは“自分自身の達成感”が決めることであり、“他者の評価”など二の次の基準に過ぎない、 との内容だ。
フィギュアスケートとは、特に演技構成力配点に於いて「他者の評価」にある程度依存せねばならないスポーツ競技であることが否めない事実であろう。
そんな中、日本代表浅田真央選手がソチ五輪会場で何を優先してでも「三回転半」を成功させる!事を第一義としてフィギュアスケート人生を歩んで来られている確固たる意志に、改めて大いなる拍手を贈りたい原左都子だ!
真央ちゃん、ソチオリンピック頑張れ!!
今度こそ貴女自身の「達成感」に基づくサクセスゲットの笑顔が見たい!