原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

実母関連の激務が続く中、私が郷里滞在ホテルにて倒れ救急搬送された…

2025年03月26日 | 医学・医療・介護
 表題に関してですが、昨日夕方救急搬送先の病院を退院して、今は無事に東京の自宅に帰っています。


 それにしても表題通り、実母が郷里にて「統合失調症」罹患後の救済措置実行のために、この私は実に激務の日々が続いた。
 とにかく、実母の面倒を診る家族が次女の私しか存在しない状況だ。 (参考だが 米国に実母の長女である姉がいるにはいるが、これが元々使い物にならない人間で… それを実母も重々承知だ。 口実としては、「長女は米国在住だから、急ぎの用件では日本に来れない。」と実母はいつも言う… その実、実母自身も長女が何の役にも立たない事実を重々承知の上で、次女である私におんぶに抱っこ状態…

 実母が依存できる親族が他にいないとなれば、どうしてもこの私が自身の生活を犠牲にして実母のために動かねばならない。 実際問題、この私とて70歳を迎える身にして、勘弁して欲しいのが実情なのだが…


 そうこうして、今回連続2度目の郷里訪問だった。

 実母が当時入居していた高齢者施設より、実母の容態に関しては電話にて幾度も聞いていた。
 「認知症に加えて、暴言・暴力気質が表に出ていて施設では手に負えない状況下にあり、すぐにでも施設を退室して他の適当な施設への転出を考慮している。」
 その実母の容態が、我が想像以上に劣悪だった様子で。 すぐに別の施設への移動が決定し、私が郷里を訪れる前に既に実母は転居させられていた。

 早速急いで郷里を訪れた私だが、一番最初に聞かされたのが元施設ケアマネ氏よりの「お母様は精神科病院受診において、“統合失調症”の診断が下っています」だった。

 それを聞いて、実母の異常気質・行動を十分に理解出来た私だが。


 今回の2度目の郷里の実母訪問に際しては、出発前から私自身の身体的疲労が既に極限に達していることを自己診断していた。
 それでも私が行かねば他に実母を看てくれる人物が皆無であるため、重い身体と重い心を引きずりつつ私は、またもや航空便利用で郷里に着いた。

 まず最初に 実母の転居届を役所に提出せねばならず、タクシー利用で実母を同伴した。
 実母がその届け出処理が不能なため、私が代行するのだが。
 私がそれに集中していると、足が不自由なため椅子に座っている実母が、私を責め始める。 何を責めたかを復元すると、「こんな派手な服着て来て! 恥ずかしいと思え!!」
 これに怒り心頭の私だ!
 来たくも無いのに実母のために2度も重い身体を引きずって郷里に来ているのに、こんなくだらないことで横槍を入れるのか!!😫 😱 

 嫌気がさすばかりだが、何とか実母の転居手続きが終わりタクシーに乗せたと思ったら。
 今度は、「転居前の施設と転居後の施設に菓子折りを持って行きたい。それを手伝ってくれ。」
 まあ、それはいいとして。

 実母指定の洋菓子店にて、実母は自分が好む菓子をなんと! 2万円近くの量を買い込んだ。 それを私とタクシー運転手氏に持たせて。
 今度は、その施設巡りだ。 それをすべて2箇所の施設に配り終えて。
 かなりの疲労が蓄積している私に、実母がまた曰く。
 「なんでそんな派手な服を着て来た!! 私が恥をかく!」 
 我慢も極限の私が返して、「この服のどこが派手なんだ! 私が好きなファッションだよ! 皆がよく私の長身足長スリム体形に似合っていると言ってくれる。 現に先程訪れた施設の入居者女性が、私を見て『綺麗な人だこと‼』と褒めてくれたじゃないか!」
 それでも、実母は未だ怒っている。 が、もう私の知った事じゃない!


 とにもかくにも その菓子を配り終えて、実母を今の施設に届けたら私はフリーになれた。

  その後は、未だ残る実母の残務を転出前後の施設長氏等々と頑張った後に、私はやっと宿泊ホテルに着き、一人になれた。

 その夜の事だが、私はホテルの“室外”で倒れた。
 これに関しては、その詳細を我が脳が記憶していなかった。 例えば、何故私が室外に出たのか、等々を。
 それをホテルの係員氏が発見して下さり、一旦私の部屋に戻された後、未だ意識朦朧だった私は、救急搬送先の病院に運び込まれた。

 その後は病院にて適切な措置がとられ、入院措置となり、まず一泊入院した。 
 次の日の朝、比較的体調が回復した私が申し出た。 「どうか退院させてください! 私はもう元気です! 今日中に東京へ帰りたいです!」
 結果として その我が要望をお聴き入れ下さった主治医の判断で、私は昨夜遅く東京に帰ることが叶った!

 
 主治医先生が わざわざ都内某病院への「転院願」をお書きになり、持たせて下さったが。

 ご親切には心より感謝申し上げるが。 
 私は、その病院へは自己診断結果として行きません! 悪しからず…


 それよりも「統合失調症」の確定診断が下っている実母が、またもや転居先施設にて暴言・暴動行動を起こしまた転居させられる方が、よほど心痛です…


精神科専門医の診断によると、実母は「統合失調症」とのことです…

2025年03月21日 | 医学・医療・介護
 昨日、実母が現在入居している高齢者施設のケアマネ氏より電話があり。

 冒頭表題の通り、実母の病が「統合失調症」である事実が判明した。

 これに関しては、私が想定していた通りだった。
 もちろん実母には認知症状も出てはいるのだろうが。
 施設内で問題を引き起こしている状況説明を聞くと、単なる「認知症」では収まらない、まさに顕著な精神疾患を抱えているものと 私も診断していた。

 そうだとしても、やはり娘としてはかなりのショックではある…

 ただし 私が郷里にて滞在した時には、実母には全くその症状が出なかった。
 それどころか 身内の私に対しては、むしろ訪問を喜んでいる様子がよく伝わった今回の実母訪問だった。
 難聴の悪化が著しく、会話に難義したものの。
 私が実母を訪ねている間は、一貫して穏やかに過ごしてくれたのに助けられた。


 ここで、「統合失調症」に関するネット情報を引用しておこう。

  統合失調症は、証拠に反して信じている妄想、幻聴など五感の幻覚、混乱した思考や、陰性症状と呼ばれる活動性の低下といった症状の複数に合致する精神障害である。一般に幻聴や幻覚、異常行動が見られる。そうした症状が診断基準により、1か月や半年以上持続している。統合失調症患者の症状には、幻覚や妄想、会話や行動における統合喪失、突然興奮や大声などの陽性症状、周囲への無関心や意欲や集中力の低下といった陰性症状がある。 (中略)
 現在、統合失調症の治療においては、その効果や副作用などの観点から第二世代(非定型)に分類される薬が一般的によく使われている。 しかし、第一世代に分類される薬のいくつかは、統合失調症以外の病態でも有用となっている。

 (以上、ウキペディア情報より引用したもの。)


 
 実母が何故、92歳にもなって「統合失調症」を患わねばならなかったのかに関して、私なりに考察してみよう。

 元々我が両親は、(若い時代は知らないが)私が生まれた後に父母を認識した時点から、仲の良い夫婦とは言えない関係だった。
 真面目な働き者ではあるが、決して明るい性格であるとは言えない父。
 一見明るそうに見えるが決してそうではなく、やはり性格面で偏りを抱えている母。 そして自分が苦手な事象に対して、その打破力が一切無いと思しき一種の弱さを抱える母でもあった。 
 その二人の相性が良いはずはないと、私は子供心に分析出来ていたように記憶している。

 そんなぎこちない夫婦関係の両親がいる家庭内に育った私は、1度目の大学卒業後、すぐに上京する決断をした。
 参考だが、姉も大学から大阪暮らしだったが、その後30歳前半期に米国へ渡ったきり、ただの一度も日本の地を踏むことは無い。

 父親が気に入らないと、いつも母は東京の私に電話等々で文句を垂れ続けて来た。 鬱陶しいが聞いてやりつつ。
 私が30歳時に、単独で首都圏にマンション物件を購入した直後に、母が一人でやって来た。
 その際に、母が我が住居でまるで自分の家の如くに一人勝手に寛いだのに、腹が立った私だ! それ程までに、母が父親から解放された心境に浸れたのだと想像できたが。
 (これ、親じゃない…)と母を蔑んだ私は、当時 勤労学生で超多忙な身だったこともあり、母に早く帰ってもらう手段に出た。

 その後も、両親の関係は改善することは無く、父が69歳で他界した際に。 やっと自由を得たと思ったのか、母が父の盛大な葬儀を施し、通夜に自身の身内たちとどんちゃん騒ぎをした事実も、本エッセイ集バックナンバーにて綴っている。


 そんな母が92歳の今「統合失調症」を患い、現在暮らしている高齢者施設から追い出されるはめとなり。
 現在は、別の少人数のお年寄りを預かっている高齢者施設へ転居したばかりだ。

 また明後日から、その実母の用件で郷里に行かねばならない我が身だ。

 悪い予感ばかりに襲われる私だが、その予感ではおそらく実母は次なる施設でも失態を晒して周囲に大迷惑を及ぼすのに時間がかからないような気もする… 😨 
 
 結果として、実母は近いうちに精神病院に収容されそうな予感も(結構本気で!)あるが。

 それも実母の運命であろうし。
 返ってその方が、高齢者施設でまたもや周囲の人たちと“仲よくせねばならない”等々の軋轢に耐えるより、暮らしやすいのではないか。 

 などと、勝手な思いを抱く娘の私だ…


明日から3日間、郷里高齢者施設の実母の容態を診て 次なる施設決定に行きます。

2025年03月15日 | 医学・医療・介護
 これが、不思議なのです…

 バックナンバーにて述べた高齢者施設での実母の容態を、以下に再掲載しよう。

 実母の施設の施設長氏直々の電話から引用すると…

 施設長氏曰く、「お実母さんの認知症による施設内での容態(というより“態度”?)がここのところ急激に悪化していて、今後当該施設では手に負えない状況です…。 施設を変えるか、病院に入院との措置を採るべきかと考えています…)
 加えて施設長氏曰く、「施設内の別の入居者の皆さんにも実母さんの悪態の影響が及んでいて、例えばお実母さんの部屋の下の階の入居者さんが上の階の音がうるさくて迷惑だ、と訴えられています。」

 (以上、バックナンバーより一部を引用したもの。)

 施設長氏が話された、この電話の内容が頭にこびりついていた私だが。


 さて、本日午前中にかかって来た実母の電話の一部を紹介すると、
 「(とても嬉しそうに)〇子(私の事)が、明日施設に来てくれるんだってね。 明日は、〇〇園(施設長とケアマネ氏が探してくれた実母の転園先の施設名称)の見学に行くと聞いているよ。 これを楽しみにしているの。 と言うのも今の施設が嫌になってて、新しい施設に変りたいと思っていたところだったし。 それで、〇子も明日来てくれるのね!  そしたらついでに、五番札所・地蔵寺にも連れて行って欲しいな。 ずっと前に予約している永代供養墓がある場所だからね。 住職さんがおられたら 挨拶しておきたいし。」 と、なんともしっかりした話題が出るではないか!

 施設長さんとケアマネ氏の話を聞く限り、実母は妄想等々が酷く、既に手が付けられない状況と理解していたのだが…
 まるで様子が異なり、明るく楽しそうな実母の話しが続いたのに驚かされた。

 こうなると、何もわざわざここで施設長さん等々の話題を実母相手に出す必要は無いと、私なりに判断した。
 そして実母の反応に合わせて、「明日は 新しい施設の見学に一緒に行くよ。いい施設だといいし、そこに入居できるといいね。 それから永代供養墓がある地蔵寺にも行って、住職さんにご挨拶して来ようね。 全部タクシー利用で行くから安心して。」
 実母もこの私の反応に再び喜んで、電話は切れた。


 この両者(施設側と我が実母)の対応の食い違いに関しては、私なりに分析可能だ。

 どちらも、その通りなのであろう。
 
 ただ私としては、とりあえず本日の実母からの電話での会話内容を信じてやりたいと思う。
 もしも本日の電話で、実母が次女の私にまで楯突いて攻撃的な態度をとったならば今後の方策は全く異なったであろうが。
 そうではなかった。
 明日私が施設を訪れることを、本心で喜んでいる実母だった。 電話での会話ながらも、そんな姿が見える気がした。

 いやせっかくだから、電話で施設長氏やケアマネ氏からの厳しい指摘内容を伝えるべきだったのかもしれない。
 ただそれをして、どうだっただろう?? 
 とにかく、実母との本日の電話内容こそを信じてやりたいと、私自身が結論づけたのだ。



 明日から、郷里へ旅に出ます。

 その第一目的は まさに、今現在の高齢者施設から「追い出され」ようとしている実母に対する対応を決定するのが目的だ。

 その「追い出され先」の一つである別の某施設(おそらく入居者個別対応を得意とする施設と想像するが)へ転居できるのが嬉しい! と今から言う実母の願いが叶えられることを、私も祈りたい。

 (ついでの話だが、実母が私に曰く「あまり派手な格好で来るな!」  私が返して、「何言ってるの、私は既に古希を過ぎようとしているよ。そんな派手な格好が出来る訳が無いでしょ!!)
 と言いつつ 両人の“派手”の解釈の相違が、少し心配な私だ… 😷 



 悪天候が続くこの頃ですが。

 実母が少しでも “プラス思考” で生きられる施設に再入居できるべく。

 娘の私も、同行してきます。


今度は 郷里高齢者施設長氏からの「(実母が)我が施設では手に負えない…」との切実な電話

2025年03月13日 | 医学・医療・介護
 少し前に 当該高齢者施設のケアマネジャー氏より私宛に電話があったことに関しては、既に当該エッセイ集内で公開済みだ。

 あれから、1週間以上が経過しただろうか?

 今度は、実母の施設の施設長氏直々の電話だった。

 施設長氏曰く、「お実母さんの認知症による施設内での容態(というより“態度”?)がここのところ急激に悪化していて、今後当該施設では手に負えない状況です…。 施設を変えるか、病院に入院との措置を採るべきかと考えています…)
 加えて施設長氏曰く、「施設内の別の入居者の皆さんにもその影響が及んでいて、例えばお実母さんの部屋の下の階の入居者さんが上の階の音がうるさくて迷惑だ、と訴えられています。」

 いやはや、驚いた!
 そんな事態にまでなっていたとは!!

 と言うのも昔からの我が実母の特質だが、相手によりまるで異なる態度をとる癖が元々ある人間だ。 この人にはこう接した方が得策だ、とか、こやつは気に入らないから痛めつけてやろう、等々虎視眈々と狙いを定めて、多様に行動を変えるのが得意な奴だ。😵 

 今回の施設長氏よりの電話で判明したのだが。
 どうやら我が家に電話を寄越す際には、次女の私に気遣って“良き母ぶり”を演じていたとの結論が出せそうだ。

 それにしても、もう既に手遅れと言うか。
 本日の実母施設長氏よりの電話にて判明したのは、実母は現在の施設を出て行かされる運命にあるとの事実だ。!!

 これは、次女の私としては実に痛い話なのだが…
 施設長氏が既にその判断をされているとのことは、今後の私の仕事とはそれに備えて次なる施設を選択して、実母をそこに転居させることであろう。

 とにかく今後の判断は、施設長氏に従うとして。
 何分東京暮らしが長い私故に、実母の郷里の転居先は施設長氏にお任せするしかないだろう。

 私の推測では、施設長氏の発言を分析するに 実母は既に皆で仲良く暮らすべく「高齢者施設」での暮らしは無理と判断する。

 となると、残りは精神病院となる訳だが。
  我が遠い記憶を辿ると、かの過疎県には「精神病院」自体が数える程しかないとの事実だ。 
 時代が変遷しても過疎県であることには変わりなく、おそらく実母が送られる精神病院は、限定されることであろう。
 
 加えて 実母の“凶暴性”を勘案すると、「個室」入居となるのだろうか??
 そうした場合の 今後の“室料”の程が、大いなる懸念点だ。
 定年まで公務員をしていた実母と言えども、現時点に於いての資産額は大したことは無いであろう。 (あっと、実父の死去後にその遺産を娘2人には何らの相談も無く“業突く張り”の実母が独り占めしたが故に、それもあるだろうが。)



 何だかんだと書いていても埒が明かないので、結論に入るが。
 
 とにもかくにも本日、実母入居の高齢者施設の施設長氏から電話が入った。
 どうしても 実母が当該施設では手に負えないから転居して欲しいとの趣旨の…

 まさに、“子不幸の親”とは我が母親を指すのであろう。
 あと少しの寿命を、当該施設で“穏やかに”過ごして欲しかった… というのが実の娘の正直な思いだ…

 実母が何を思い違いして、人生最終場面で高齢者施設内で無益な「反乱」を起こしまくっているのかは、娘の私にも計り知れないが。

 その愚かな行動が 自身の後短い余生にマイナスの影響を及ぼしている事実を、今思い起して反省して欲しいものだ!!


昨日、義母が入居していた高齢者介護施設へ義母の遺品を引き取りに行きました。

2025年02月27日 | 医学・医療・介護
 (冒頭写真は、昨日原左都子が自宅に持ち帰った義母の高齢者介護施設の遺品のほぼ全部。)


 義母が亡くなったのが去る2月15日、葬儀が2月19日だったので、葬儀後1週間が経過しての 義母の施設部屋片づけ作業だった。

 義母の部屋に到着してみると 騒然としているというのか 部屋中雑然としたままで、我が第一印象としては、(これ持ち帰り品を探すのが大変だなあ!)😵 だった。
 まあ 元々持ち帰るものは最小限にしようと考えていて、残りは廃棄処分を予定していたため。 とにかく、持ち帰り品を探す作業に集中することとした。


 まずは、「貴重品」からと考えて。
 義母がコレクションしていた“宝石類”を探したところ、これがどういう訳かごく少数しか無い。😶 ???
 (その理由を詮索するべきで無い)と心得つつ、義母が持ち込んだよりも大幅に少ない“宝石類”を探索した。

 その結果が 冒頭写真の左上の指輪2個と、右上の真珠のネックレス等々のみだ。
 いや実際、この私も義母がこれ以外の宝石類を施設内で普段から身に付けていたのを何度も見た経験があるのだが… 
 いや、もういい、義母が死去した後にこの話題を施設内で出すべきでないと心得た。

 写真の中で一番高価なのは、左上の指輪の一つだ。 この指輪は、プラチナ900と18金の合金の中に小さなダイヤモンドが22個ちりばめられたものだ。
義母のお気に入りの様子で、この指輪をいつも身に付けていたため、これを発見できたのはラッキーだった。
 後の宝石は大した価格でないし、私の記憶では発見できなかった宝石類もさほどの高額では無いと判断し、諦めた。

 次なる“獲物”は、右下の毛皮のストールだが。
 この毛皮が何の動物の毛皮であるかは私は知らないが、とにかく義母が何枚か持ち込んだ毛皮製品のうち、これしか残っていなかったため持ち帰った。 
 その他の洋服類は、私が気に入ったものを持ち帰らせて頂いた。

 お洒落が趣味の義母の部屋には、3つの洋服ダンスとクローゼット、そしてベッドの横に沢山の洋服が陳列されていたが。 まあ洋服に関しては、そもそも義母と私では身長差が激しいし体型が大いに異なるため、ブラウス類を数枚のみ持ち帰らせていただいた。 (上記写真を参照下さい。)


 実は、昨日はこの私も義母が持ち込んだ私物に関して、大いなる“不可思議感”を抱いていたのが正直なところだ。
 如何なる“不可思議感”であるかを説明すると。
 義母が施設に持ち込んだであろう数量と比較して、残された数量が極度に少なかった事実だ。(特に、貴金属品に関して。)

 反復するが、その件に関して今更施設を追跡するのはマナー違反と、私は昨日のうちに結論づけた。
 ここは静かに、今残されている義母の遺品の一部を粛々と持ち帰るべきであろう。

 おそらく 何処の高齢者施設であろうが、死去退室後に同様の問題が発生していることであろうとも推測する。


 とにかく、昨日亭主と2人で義母亡き後の施設内の片づけを実行した。 

 部屋内の不用品等の残品は、 十数万円の我が家の費用負担で専門業者が実施して下さるらしい。


 昨日、義母の施設訪問が最終日だった我々夫婦は。

 施設長氏に、義母に対する厚遇のお礼を心より申し上げて、施設を後にした。