表題に関してですが、昨日夕方救急搬送先の病院を退院して、今は無事に東京の自宅に帰っています。
それにしても表題通り、実母が郷里にて「統合失調症」罹患後の救済措置実行のために、この私は実に激務の日々が続いた。
とにかく、実母の面倒を診る家族が次女の私しか存在しない状況だ。 (参考だが 米国に実母の長女である姉がいるにはいるが、これが元々使い物にならない人間で… それを実母も重々承知だ。 口実としては、「長女は米国在住だから、急ぎの用件では日本に来れない。」と実母はいつも言う… その実、実母自身も長女が何の役にも立たない事実を重々承知の上で、次女である私におんぶに抱っこ状態…
実母が依存できる親族が他にいないとなれば、どうしてもこの私が自身の生活を犠牲にして実母のために動かねばならない。 実際問題、この私とて70歳を迎える身にして、勘弁して欲しいのが実情なのだが…
そうこうして、今回連続2度目の郷里訪問だった。
実母が当時入居していた高齢者施設より、実母の容態に関しては電話にて幾度も聞いていた。
「認知症に加えて、暴言・暴力気質が表に出ていて施設では手に負えない状況下にあり、すぐにでも施設を退室して他の適当な施設への転出を考慮している。」
その実母の容態が、我が想像以上に劣悪だった様子で。 すぐに別の施設への移動が決定し、私が郷里を訪れる前に既に実母は転居させられていた。
早速急いで郷里を訪れた私だが、一番最初に聞かされたのが元施設ケアマネ氏よりの「お母様は精神科病院受診において、“統合失調症”の診断が下っています」だった。
それを聞いて、実母の異常気質・行動を十分に理解出来た私だが。
今回の2度目の郷里の実母訪問に際しては、出発前から私自身の身体的疲労が既に極限に達していることを自己診断していた。
それでも私が行かねば他に実母を看てくれる人物が皆無であるため、重い身体と重い心を引きずりつつ私は、またもや航空便利用で郷里に着いた。
まず最初に 実母の転居届を役所に提出せねばならず、タクシー利用で実母を同伴した。
実母がその届け出処理が不能なため、私が代行するのだが。
私がそれに集中していると、足が不自由なため椅子に座っている実母が、私を責め始める。 何を責めたかを復元すると、「こんな派手な服着て来て! 恥ずかしいと思え!!」
これに怒り心頭の私だ!
来たくも無いのに実母のために2度も重い身体を引きずって郷里に来ているのに、こんなくだらないことで横槍を入れるのか!!😫 😱
嫌気がさすばかりだが、何とか実母の転居手続きが終わりタクシーに乗せたと思ったら。
今度は、「転居前の施設と転居後の施設に菓子折りを持って行きたい。それを手伝ってくれ。」
まあ、それはいいとして。
実母指定の洋菓子店にて、実母は自分が好む菓子をなんと! 2万円近くの量を買い込んだ。 それを私とタクシー運転手氏に持たせて。
今度は、その施設巡りだ。 それをすべて2箇所の施設に配り終えて。
かなりの疲労が蓄積している私に、実母がまた曰く。
「なんでそんな派手な服を着て来た!! 私が恥をかく!」
我慢も極限の私が返して、「この服のどこが派手なんだ! 私が好きなファッションだよ! 皆がよく私の長身足長スリム体形に似合っていると言ってくれる。 現に先程訪れた施設の入居者女性が、私を見て『綺麗な人だこと‼』と褒めてくれたじゃないか!」
それでも、実母は未だ怒っている。 が、もう私の知った事じゃない!
とにもかくにも その菓子を配り終えて、実母を今の施設に届けたら私はフリーになれた。
その後は、未だ残る実母の残務を転出前後の施設長氏等々と頑張った後に、私はやっと宿泊ホテルに着き、一人になれた。
その夜の事だが、私はホテルの“室外”で倒れた。
これに関しては、その詳細を我が脳が記憶していなかった。 例えば、何故私が室外に出たのか、等々を。
それをホテルの係員氏が発見して下さり、一旦私の部屋に戻された後、未だ意識朦朧だった私は、救急搬送先の病院に運び込まれた。
その後は病院にて適切な措置がとられ、入院措置となり、まず一泊入院した。
次の日の朝、比較的体調が回復した私が申し出た。 「どうか退院させてください! 私はもう元気です! 今日中に東京へ帰りたいです!」
結果として その我が要望をお聴き入れ下さった主治医の判断で、私は昨夜遅く東京に帰ることが叶った!
主治医先生が わざわざ都内某病院への「転院願」をお書きになり、持たせて下さったが。
ご親切には心より感謝申し上げるが。
私は、その病院へは自己診断結果として行きません! 悪しからず…
それよりも「統合失調症」の確定診断が下っている実母が、またもや転居先施設にて暴言・暴動行動を起こしまた転居させられる方が、よほど心痛です…