(写真は、徳島駅に程近い場所にある徳島そごう百貨店。 左上の山は眉山。)
冒頭から、今回のエッセイテーマは同郷のgooブロガー “朱美さん”の記事よりパクらせて頂いた事をお断りしておきます。
早速、徳島そごう閉店のニュースをネットより引用しよう。
徳島県内唯一の百貨店、そごう徳島店(徳島市)が31日、閉店する。37年間、県都の顔として県民に親しまれてきたが、近年は業績の低迷が続いていた。徳島は山形に次いで全国2番目に百貨店のない都道府県になる。
そごう徳島店は1983年10月、徳島駅前市街地再開発事業で再開発ビル・アミコビルの核テナントに誘致され、「徳島そごう」としてオープン。バブル景気に支えられてピークの1993年2月期の売上高は444億円に上った。
しかし、98年に明石海峡大橋が開通すると品ぞろえが豊富な大都市の百貨店との競争にさらされた。近年は郊外型のショッピングセンターなどとの競争激化やインターネット通販の普及で苦しい経営を強いられており、業績の改善が見込めないとして、昨年10月10日に閉店が発表された。
売上高は2008年2月期から13年連続で減収となり、09年2月期以降は年によって断続的に赤字になっていた。直近の20年2月期の売上高は124億600万円で、ピーク時の27・9%にとどまった。
最後の日曜となった30日は親子連れやカップル、学生ら約2万人が訪れた。徳島市の会社員(43)は、そごうが好きだった祖母を3日前に亡くした。「思い出の詰まった場所がなくなるのは寂しい」と話した。
最終日の31日は午前10時から営業し、午後7時半にシャッターを下ろす。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、閉店セレモニーは行わない。
閉店後は、徳島都市開発が示したテナント案によると、3階~地下1階の低層階が百貨店サテライトと既存テナント・ブランド、4~6階の中層階は大型店、7~9階の高層階には体験や食に関する区画を設ける。現時点で、アミコ専門店街を含め93のテナント・ブランドの残留・新規出店が決まっており、9月から順次営業を始める。誘致を目指している百貨店サテライトは、公表には至っていない。
(以上、ネット情報より引用したもの。)
私事に入ろう。
この徳島そごう百貨店が開店したのは、私が上京して後のことだ。
故に、さほどの思い出は無い。
元々、彼の地にはデパートらしきものが2店舗あった。
そのうち「丸新」デパートはよく覚えている。 我が記憶によれば、私が郷里に住んでいた頃には繁盛していて、いつ行っても買い物客やレストラン客で溢れていた。
その「丸新」デパートもとうの昔に閉店し…
徳島そごうに関しては、上京後娘を連れて帰省する際に、そごうと同じビルに入っているホテルに宿泊する機会が何度かあった。
その際お土産品を買う目的で立ち寄ったのだが、いつ行っても客が我々母娘2人だけだったに等しい程に、寂れていた。😩
上記ネット情報によれば。
「98年に明石海峡大橋が開通すると品ぞろえが豊富な大都市の百貨店との競争にさらされた」り…
「近年は郊外型のショッピングセンターなどとの競争激化やインターネット通販の普及で苦しい経営を強いられて」…
そう言えば近年郷里へ帰省すると、郊外のショッピングセンターへ車やバスで出かけている県民とよく出くわす。
その結果、「業績の改善が見込めないとして、昨年10月10日に閉店が発表された。」とのいきさつだったようだ。
閉店後は、テナント案か…
何だか集客が望めそうも無い気がしないでもない。
と言うのも、駅ビルショッピングセンターですら閑古鳥状態。
帰省中に食事やショッピングでいつ立ち寄っても、我々母娘2人だけ状態だし…
あっ、そうそう、この徳島そごうにて実母にハンドバッグを買って貰ったことを思い出した。
一体いつのことだったかの記憶が無いが、おそらく30代独身後期時代だろう。
それを思い出して、先程押し入れの中を探してみたら、ありました!!
どうしたの! 真っ新じゃないの!? いや、このハンドバッグはお気に入りでよく利用したのだが、品質が良いのか保存が良かったのか、カビの一つも見当たらない。 このバッグ、横幅が30㎝近くある大型で収納力があり、普段使いに役立った。
本日夜娘が帰宅したら、娘にプレゼントしよう。
gooブロガー・朱美さんのお陰で、昔々徳島そごうで買い求めたハンドバッグが見つかりました!
何だか得をした気分です。 😋