礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

早撮りの傑作『明治天皇と日露大戦争』(1957)

2013-02-15 06:15:12 | 日記

◎早撮りの傑作『明治天皇と日露大戦争』(1957)

 今月の九日と一二日、内外タイムス文化部編『ゴシップ10年史』(三一新書、一九六四)という本を紹介した。これは、ゴシップ満載の本で、どのページを開いても楽しめる。ただし、なにしろ昔の本なので、そうしたゴシップを楽しめるのは、団塊の世代以上の読者に限られる。
 本日は、同書の一九五七年の章から、「明治天皇と大蔵貢」という一節を紹介したい。

 明治天皇と大蔵貢
「昨年五月、妻と共に伊勢神宮を参拝した際インスピレーションを受けました。さらに桃山御陵に詣で、かっきりしたイメージをつかみました」
 一月二十二日、新東宝大蔵貢〈オオクラ・ミツグ〉監督は『明治天皇と日露大戦争』を製作するに当ってこう発表、はじめからテレパシーを利用した。
 世界一の早撮りと反共愛国の渡辺邦男が監督である。東映が同じ時期『鳳城の花嫁』を撮影しており、この二作が国産大型映画の第一号を競いあう結果になった。
 一月三十日脱稿、二月十四日、社長、重役、スタッフ、キャストが明治神宮へ必勝祈願、神主のオハライをうけ勇躍二月十八日撮影に入る。この日、月曜日で晴。「第三軍激励国民大会場」のシーン。セットに万国旗が張られるが、当時なかった国の旗、アメリカ国旗の星の数のちがいなどが目につく。小道具の勲二等旭日重光章、勲一等功二級旭日桐花大綬章などを、スタッフが都内一円に散らばり借り集めている。中抜き撮影が得意の渡辺監督は「大本営」のシーンを撮り二十分ほど休憩を宣すると、同じステージが「御学問所・二の間」になっている。大本営では側面になっていた壁を正面にし、机と机上の物を若干変える。いままで会議している東郷〔平八郎〕(田崎潤)や乃木〔稀典〕(林寛〈ハヤシ・ヒロシ〉)それに参謀連がステージの外に出て一服。天皇(嵐寛寿郎〈アラシ・カンジュウロウ〉)だけが残って静かに本を読んでいる。これを斜めから撮り人間と壁かけを変えると「海軍合同会議室」のシーンになる。
「東郷、しばらくであったな。連合艦隊の準備は完了したか」アラ寛氏が何度も口ごもる。「天皇ッセリフはその早さ、わかったね、いいね」「ハッ」天皇が監督に頭を下げている。かくのごとく転換は早い。「東郷ッ東郷ッ」と監督がわめき、田崎がおくれてノコノコ入ってくる。「東郷只今便所へ参上……」「バカモンッ」
 ともかく、こんなわけだから“空前の巨費”二億円がかかるわけはない。どう見たってその五分の一ぐらいである。パノラマ同様だから、パッと出てパッと消える将官連も多い。ツキアイ出演だからギャラも安い。
 二〇三高地〈ニヒャクサンコウチ〉と首山堡〈シュザンポウ〉激戦は御殿場ロケ。下から上にむかっての突撃だから、下級俳優はわれ勝ちに名誉の戦死をしたがる。戦死をすれぼ馳け上らなくてすむ。それを監督が督戦「突撃ッ突撃ッ」とわめく。
 かくしてゴールデン・ウィーク。「帝王巨編」「全国民一人残らず」「社運を賭して」「大シネスコ本格的総天然色」とくどく銘打ったこの映画のバカ当り。小津〔安二郎〕の『東京暮色』、岸恵子の『雪国』、〔石原〕裕次郎の『勝利者』これらがいっせい敗北者になった。興収〔興行収入〕約五億。大宅壮一から皇太子までを見せ、泣かせ、『明治天皇と日露大戦争』は大勝利した。この間、大蔵貢社長は徹底的に天皇主義者をよそおい、神がかった言動をロウした。高松宮がセットを見学に訪れた時「気オツケー、敬礼ッ」と号令、高松宮をパチクリさせもした。が、勘定はしっかりしていた。彼は〈天皇がもうけの対象〉にしか過ぎないことを、恐らく知り抜いていたのだろう。
 終始、オソレ多いと感じていたのはアラ寛〔嵐寛寿郎〕氏ただ一人だったように思う。戦前世代の思想的貧しさを心憎いほど食いものにした、これは大キワモノ映画であった。

 二月末にクランクインし、ゴールデンウィークに封切りしたというから驚く。大変な早撮りである。
 一九五七年(昭和三二)といえば、映画の全盛時代であった。当時、田舎の小学生であった私も、この映画を鑑賞した。ただし、映画館で見たわけではない。小学校の校庭で開かれた「納涼映画会」で、夜間、団扇を扇ぎながら見たのである。明治天皇が、戦死者の名簿を見るシーンなどをかすかに覚えている。この納涼映画会は、おそらく同年の夏休み中のことだったはずである。

今日のクイズ 2013・2・15

◎次の俳優のうち、映画初出演が新東宝の映画だったのはだれでしょうか。答がひとつとは限りません。

1 宇津井健  2 菅原文太  3 高島忠夫  4 丹波哲郎  5 本郷功次郎 

今日の名言 2013・2・15

◎安く、早く、面白く

 新東宝株式会社(映画会社)社長・大蔵貢の経営方針は、「安く、早く、面白く」だったという。新東宝の作品で有名なのは、上記コラムで触れた『明治天皇と日露大戦争』(1957)。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする