礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

高木惣吉が描写する西田幾多郎の風貌

2013-02-16 05:48:41 | 日記

◎高木惣吉が描写する西田幾多郎の風貌
 
 元海軍少将の高木惣吉という人は、軍人らしからぬインテリであり、また巧みな文章を操る人であった。当ブログでも、以前、この人の「古い戦争観が齎したもの」(一九五二)という文章を紹介したことがある(昨年八月二五日)。
 本日は、高木惣吉の『連合艦隊始末記』(文藝春秋新社、一九四九)という本から、彼が哲学者の西田幾多郎〈ニシダ・キタロウ〉について回想している文章を紹介したい。同書は、「連合艦隊始末記」、「日本陸海軍抗争史」、「政治・戦争・人」の三部からなるが、その「連合艦隊始末記」に載っている「開戦と西田幾多郎先生」という一文が、本日紹介する文章である。

 日華事変の戦場が南にひろがり、米内〔光政〕内閣から近衛〔文麿〕第二次内閣になつて仏印北部の進駐や、日独伊三国の軍事同盟が成立したりしてからは、連合国との紛争ははげしくなるばかりであつた。
 十六年〔一九四一〕になると日米関係は嵐のまえの緊張を加え、折角〈セッカク〉近衛第三次内閣までつくつて最後の望みをかけた近衛・ルーズヴェルト会談も遂に駄目だとなつて、交渉の妥結はまず絶望ということになり、結局近衛内閣も潰れて東条〔英機〕に代り、戦争気構えは急ピッチで濃くなつていつた。
 ちようどその頃のこと、鎌倉に西田幾多郎先生を訪ねたことを想い起す。
 職務上の関係もあつていろいろの人に面接した筆者にも、西田先生の質問ほど特色のあるものは珍らしかつた。軍事問題、外交問題の核心にふれてくるその質問ぶりは、素人だからといつて、ゴマかせない真剣さがあり、むしろ凄味にちかいものがあつて、躰のひき締る思いをさせられるのが毎度の例であつた。
 部内の先輩では山梨〔勝之進〕大将がかつて次官時代、よく急所を訊ねられて恐かつたものだが、先生のような根本的な、しかも熱心な質問者は会つたことがない。
 飾りけもなければお世辞もない先生は、政治家でも軍人でもすいぶん手ひどく批評されたものである。昭和の日本に善い政治家も軍人も居らないというのが、その深い歎きであつた。
『近衛という男はネ、自分では会いにこない。私に小言をいわれるのがウルサイらしい。そのくせ荒木(貞夫大将)に手紙なんかを持たしてよこすのだヨ』
と笑いながら
『近衛も弱くて駄目だ、マア三条実美〈サンジョウ・サネトミ〉ぐらいのところかネ』
 とも揶揄された。しかしそう責めながらも近衛、木戸〔幸一〕、原田〔熊雄〕諸氏のことを陰ではしみじみと案じては話されたものだ。
 先生はよく木戸侯、織田〔信恒〕子のことを「キト」が、「オタ」がと濁らずに独得のよびかたをされたものであつた。
 近衛第二次内閣が日独同盟を納んだ時などは御機嫌はなはだ斜めで、その不満は非常なものであつた。
『私はドイツ語の教師をつとめ、ドイツ哲学のお世話になつて今日になつている。だから学問的にはドイツに贔屓したい意識が働く。しかしナチスという野蛮人どもは文化に対する良識がない。ナチスになつてからドイツの哲学は皆コワされた。こんな政治の国と手を握るなんてトンでもない』
 と軍部や政府の処置を憤つておられたことを思いだす。
 荒木〔貞夫〕文相時代の文部行政に対してはそれこそ怒髪冠をつくという論難ぶりであつた。【中略】
 さて話が廻り道をしたが筆者はその日、時局もいよいよここまで切迫してしまつては、もはや一戦する外に方法はありますまいと、政府及び軍部の情勢をうちあけたのであつた。すると意外にも目の色をかえた先生は声を強くして
『君たちは国の運命をどうするつもりか! 今まででさえ国民をどんな目に会わせたと思う。日本の、日本のこの文化の程度で、戦でもできると考えてるのか!』
 とあのキツイ眼鏡ごしに睨み据えられたとき、正直のところ息がつまつたように感じて、姥ケ谷〈ウバガヤツ〉の奥にあるあの簡素な書斎で目立つていた北斎の茜富士も、セザンヌの浴後の図も、その時ばかりは眼に映らなかつた。【以下略】

「躰のひき締る」という表現が出てくるが、原文のまま。たぶん「躰」は〈ミ〉と読ませるのであろう。
「北斎の茜富士」も原文のまま。「北斎の赤富士」のことか。
 西田幾多郎の風貌について描写した文章は、これまでいくつか読んだことがあるが、その中でも、この高木惣吉の描写はきわめて印象的である。貴重な一文と言えるのではないだろうか。なお、この当時の高木の役職は、海軍省官房調査課長であったと思う。

今日のクイズ 2013・2・16

◎「仏印」の意味として正しいのは、次のうちどれでしょうか。

1 フランス領インド
2 フランス領インドシナ
3 フランス領インドネシア

【4月14日のクイズの正解】 1 今日のモルドバ共和国の領土に相当する地域の古名。■ベッサラビアについてのクイズ。昨日、正解をお知らせするのを忘れました。

【昨日のクイズの正解】 1、2,3、4(宇津井健、菅原文太、高島忠夫、丹波哲郎)。■この四氏は、新東宝出身です。今月14日に亡くなった本郷功次郎さんは、大映ニューフェイス出身。

今日の名言 2013・2・16

◎君たちは国の運命をどうするつもりか!

 西田幾多郎が、日米開戦直前、高木惣吉に対して発した言葉。高木惣吉『連合艦隊始末記』(文藝春秋新社、1949)の39ページに出てくる。上記コラム参照。

コメント (2)
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