礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

原敬の「漢字減少論」(1900)

2013-05-11 05:59:55 | 日記

◎原敬の「漢字減少論」(1900)

 一九四二年(昭和一七)に文部省が発表した「標準漢字表」の紹介を続けようとしたが、思いがけない支障が生じ、一時、中断せざるをえなくなった。当時は、義務教育において習得すべき基礎的な漢字とされていた漢字にもかかわらず、今日においては、ブログで表示しえない漢字があまりも多いことが判明したのである。
そこで本日は、原敬の「漢字減少論」(一九〇〇)を紹介することにしたい。のちに首相となる原敬であるが、このころは、大阪毎日新聞の記者であった。
出典は、改造社の現代日本文学全集『新聞文学集』(一九三一)。本日紹介するのは、その冒頭部分である。

 漢字減少論
 漢字減少は吾輩〈ワガハイ〉の久しく抱懐したる議論なるが昨年〔一八九九〕七月名古屋経済会の招待を受けて、同地に赴きたるとき、名古屋教育協会より一場の演説を望まれ、其時これを公言し、同年九月二日以後の紙上にその速記を登載して、識者の教〈オシエ〉を請ひたるが、偶然にも輿論も近来漢字減少に傾きたるの感あれば、再びこれを諭じて吾輩の論旨を明かにせんと欲する次第である。 原 敬
 総論
 吾輩の漢字減少を主張するは、漢字減少だけを以て満足する訳ではない。終局の目的は漢字全廃にあるのである。シカシながら漢字を全廃することは何十年の後に成功するか、殆どその期限を予知すること能はざる次第であるから、今日に於ておいては漢字現象を唱ふるに過ぎない。
漢字減少といふことは今日に於て出来得ざる〈デキエザル〉事柄でない、のみならず漢字を減少すればするほど、社会のあらゆる方面に便利を覚ゆる次第である。その故に漢字を減少することは、社会に便利をなしつゝ遂に漢字を全廃し得るの域に達する道であるから、今日に於て漢字減少を努むるならば、他日に於て漢字全廃を断行すること決して望〈ノゾミ〉ない事柄でないと信ずる。
 先年仮名の会といふものも起り、ローマ字会といふものも起り、その会は今日に至りて如何なる情況であるか、更に聞くこともないが、その会員は今日に至りても存在し得ると見え時々その論を聴かぬではないが、未だ何等の成功を見ない。その成功を見ないといふ訳を以て、世間では一概に空論として排斥する傾〈カタムキ〉もあるけれども、吾輩は決して空論とは思はない。吾輩は固より〈モトヨリ〉仮名の会員でもなければ、ローマ字会員でもない、故らに〈コトサラニ〉その会を弁護する意思は毛頭ないのである。又その会の主張した所もドンナものであつたか今日では実は記憶し居らぬぐらゐであるが、もし仮名の会にしてもローマ字会にしても、今日に於て遽に〈ニワカニ〉漢字を全廃し、仮名又はローマ字を以てこれに代用しようといふならば、それは空論に相違ない。左様〈サヨウ〉なることは到底今日に於て出来得べき〈デキウベキ〉ものではない。シカシ漢字全廃といふことを終局の目的にして、何十年の後にか遂にその目的を達し、仮名、若くは〈モシクワ〉ローマ字に改むるといふならば、決して出来得ざる事柄でないと思ふから、吾輩はこれを空論として排斥することをなさぬのである。
 元来漢字は書くにも読むにもまた意義を了解するにも、甚だ困難なる文字である。それがために我文明の進歩を妨ぐることが、ドレほど甚だしきものであるか、誠に測り知られぬ次第である。故に漢字を全廃することは、文明の進歩に於て非常なる便宜を与ふるといふことは疑ひないが、さりながら漢字は兎も角も〈トモカクモ〉千年以上国民の慣用したる文字であるから、他にいかほど便利なる文字があるとも、一朝一夕に漢字を全廃することは出来得べきものでない、たゞ出来得ないばかりでない、モシ法律その他の力によって強ひて漢字を全廃するやうなことがあつたならば、所謂〈イワユル〉角を矯めて〈ツノヲタメテ〉牛を殺すといふやうな訳で、その便利を得ないばかりではない、社会の事物を記することは総て暗黒となりて、漢字の存在したる時よりも数倍の不便を醸す〈カモス〉であろう。
 故に如何なる考案を以てした所で、今日に於て遽に漢字を全廃することを得ざるは明瞭の次第であるから、終局の目的を漢字全廃に定め〈キメ〉、今日に於て出来得るだけ漢字を減少するは、社会に何等の激変を与ふることなくして遂にその目的を達すべき順序であらうと思ふ。

今日のクイズ 2013・5・11

◎原敬の経歴で正しいものは次のうちどれでしょう。

1 新聞記者として勤めたのは、大阪毎日新聞一社のみである。
2 大阪毎日新聞に勤める以前、他の新聞社に勤めていたことがある。
3 大阪毎日新聞を退社した以後も、他の新聞社に勤めている。

【昨日のクイズの正解】 3 寛は当用漢字、正字としては別の字があるが、▲ではない(▲は、寛にテンが加わった字)。■『新字源』によれば、寛の正字は、寛にテンが加わった字ではありません。寛にテンが加わった字の、クサカンムリの部分が左右に分かれている字です。ただし、寛にテンが加わった字を、寛の正字としている漢和辞典もあります。

今日の名言 2013・5・11

◎終局の目的は漢字全廃にある

 原敬の言葉。原敬は、基本的には、漢字全廃論者であった。上記コラム参照。

コメント (2)
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