礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

信仰は法の規定を俟たずして自由

2014-11-14 03:59:26 | コラムと名言

◎信仰は法の規定を俟たずして自由

 昨日の続きである。松本順吉講述『行政法各論 完』の中から、第一編「内務行政」第五章「教化ニ関スル行政」第二節「宗教行政」の箇所を紹介している。本日は、その三回目(最後)。
昨日、引用した箇所に続けて、次のようにある。

 現行法に於て、国家と宗教との関係は、極めて不明瞭なるが、兎に角〈トニカク〉、我〈ワガ〉憲法は信教の自由を認めたり。信教の自由は、之を信仰の自由と区別せざるべからず。信仰の自由は、人の内心の作用に属するものにして、外部に現はれたる行為に関係せざる所のものたり。人の信仰は、法の規定を俟たずして自由なるものなり。人の信仰が外部の行為、例へば儀式・礼拝の如き行為に現はるゝに至り、初めて信教自由の問題起るものとす。信教の自由とは、(第一)に、各個人が随意に宗教を信じ、又は何等の宗教をも信ぜざるを得ることを包含す。(第二)に、同一の宗教を信じる者が相集て、任意に結社を為し得ることを包含す。(第三)に、従来信じたる所の宗教を改め、又は従来属したる所の宗教の結社より、随意に脱退し得ることを包含す。唯、信教の自由の制限は、臣民の義務に反せざると、公の安寧秩序を害することを得ざるとの二点に帰す。
 大体より言へば、我国に於ける国家と宗教との関係は、教会公認主義に傾き居るなり。現行法の中にては、此点に関し最も重要なる規則は、明治十七年〔一八八四〕太政官布達第十九号なり。此規則に依るときは、神仏二教に属する所の各派各宗には一人の管長を置くものとなせり。管長は、教規・宗制を定め、寺院の住職を任免し、教師の等級を進退するの権を有す。而して内務大臣は、管長を認可し、及び、教規・宗制を認可する権あり。神仏以外の宗教に関する宗教宣布の届出方〈トドケイデカタ〉は、明治三十二年〔一八九九〕内務省令四十一号、及、集会結社に関する所の一般の制限の外には殆んど何等の規定を見ず。
 斯〈カク〉の如く、神仏二教に対しては、国家が特別の監督を行ひ、又、各宗各派の管長が其部下の神職・僧侶に対して命令を為すことを得るが故に、各宗各派は一の公共団体の如くなるも、公共団体は其目的たる事務を行ふを以て、国家に対する義務となす。換言すれば、直接に其目的とする所を処理するは、間接に国家の政務を処理するものたり。而して、我国に於ては、信教の自由を認めたるを以て、宗教其者に関する事務を以て、国家の政務と認むることを得ず。従て、各宗各派は間接に国家の事務を行ふ所の公共団体なりと云ふを得ざるなり。唯、宗教が社会の上に於て、一の重要なる事項なるを以て、国家が之に対して、特別の監督を施すものにして、其監督は国家の政務に属すると雖も〈イエドモ〉、這〈コレ〉は各宗各派の宗教に関する行働とは全く別個のものなりとす。

 信教の自由の解説としては、おおむね妥当であり、文章もわかりやすい。ただし、いわゆる「国家神道」については、言及がない。あえて言及を避けているのか、それとも、著者に十分な問題意識がなかったのか。引用冒頭で、「現行法に於て、国家と宗教との関係は、極めて不明瞭なるが」とあるところを見ると、ある程度、問題意識を持ってはいたものの、この教材では、説明しきれなかったのではあるまいか。
 文中に、「明治十七年太政官布達第十九号」という法令が出てくる。ついでに、これも紹介しておこう。

 明治十七年太政官第十九号布達
 自今神仏教導職ヲ廃シ寺院ノ住職ヲ任免シ及教師ノ等級ヲ進退スルコトハ総テ各管長ニ委任シ更ニ左ノ条件ヲ定ム
第一条 各宗派妄リニ分合ヲ唱ヘ或ハ宗派ノ間ニ争論ヲ為ス可ラス
第二条 管長ハ神道各派ニ一人仏道各宗ニ一人ヲ定ム可シ但事宜ニ因リ神道ニ於テ数派連合シテ管長一人ヲ定メ仏道ニ於テ各派管長一人ヲ置クモ妨ケナシ
第三条 管長ヲ定ム可キ規則ハ神仏各其教規宗制ニ由テ之ヲ一定シ内務卿ノ認可ヲ得可シ
第四条 管長ハ各其立教開宗ノ主義ニ由テ左項ノ条規ヲ定メ内務卿ノ認可ヲ得可シ
一 教規
一 教師タルノ分限及其称号ヲ定ムル事
一 教師ノ等級進退ノ事
 以上神道管長ノ定ムヘキ者トス
一 宗制
一 寺法
一 僧侶並ニ教師タルノ分限及其称号ヲ定ムル事
一 寺院ノ住職任免及教師ノ等級進退ノ事
一 寺院ニ属スル古文書宝物什器ノ類ヲ保存スル事
 以上仏道管長ノ定ムヘキ者トス
第五条 仏道管長ハ各宗制ニ依テ古来宗派ニ長タル者ノ名称ヲ取調ヘ内務卿ノ認可ヲ得テ之ヲ称スルコトヲ得
 右布達候事

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