礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

広く浅い範囲を、太く短く読み、かつ考える

2016-02-03 04:40:28 | コラムと名言

◎広く浅い範囲を、太く短く読み、かつ考える

 一昨日から、『一ケ年必勝 文検修身科の指導』(日本教育学会、一九三一)という本を紹介している。本日は、その三回目(最終)。昨日は、第一篇「序論」の第二章「研究法の大要」から、第三節「生活の統一」の全文を紹介した。本日は、これに続く第四節「読み且考へよ」の全文を紹介してみよう(三三~三六ページ)。

 四 読み且考へよ
 前章〔第一章「文検の真相暴露」〕に於て文検は「太く短く」「広く浅く」といつておいたが、文検合格への第三要訣として茲にそれに加ふに〔ママ〕「読み且考へよ」の一語を以てしようと思ふ。実に文検合格への第三要訣は「広き浅き範囲内を太く短く読み且考へる」にある。国語漢文地理歴史等の文検に応ずる者であつたら多く読んで多く詰めこんでさへ置けば先づ安心と言つてよからう。然し修身教育の如き思想的の学問に於てはそうはゆかぬ。少くとも自己の学的体系を持つて居るでなければ一〈ヒトツ〉の問題に対して縦横自在の解答が出来ない。或ありふれた問題に就ては或は相当に書けるかも知れない。然しこれでは少し毛色の違つた問題に会つたら参つてしまふ外なからう。これ修身科受験の秘訣の一つとして筆者が「考へよ」と叫ぶ所以である。身五六年の文検一科目に没頭して居ながら毎年失敗を繰返して居られる多読主義者の病源は茲にあるのではあるまいか。又所謂受験準備書に依つて一夜漬〈イチヤズケ〉の功をせしめようとする硬骨漢の成巧出来ない原因も茲にある。勿論文検が試験である以上或程度の記憶を要求する事は前述の如くである。然し如何に知識の宝庫を製造してゐる篤志家であつても、それが思独的に錬れて居らず、体系付けられて居なかつたならば思想的な問題の批判的取扱ひは思束ない。其の意味に於て筆者は「考へる」といふ事を極端に要求するものである。「一事読んでは十事考へる」これが文検受験者勉強法である。
「受験中にはノートは作りますか?」等いふ奇抜な質問を時々受ける事がある。それに対して筆者は常にこう答へてゐる「勿論作りなさい。」と。すると質問者は必ず逆襲して来る。「ノートする暇には其の二倍も三倍も読書出来ますよ」と。それに対する筆者の反駁はこうである。「多く読む事が能ではありません」
「ノート等作る奴は頭の悪い奴だ」と実に偉さうな事を得意然としてゐる合格者がある。然し修身及教育科受駿の読書〔ママ〕諸君はかうした偉い人の御説〈オセツ〉に迷はされてはならぬ。勿論ノートを作成して飾つて置く事が本意でもないから三百頁の本を読んでノート五十頁も百頁も書く必要はない。要は読み且考へて自己のものとして体系づけられた点を書き止めて置くに止まる。従つて論者の所謂無駄な時間なるものを空費するの必要は更にない。提要としてほんの要項のみを書き止めて置くだけで十分である。これは又備忘録として準備の整理期、殊に受験前の一週間位の時に偉大なる効果を齎してくれるものである。試験は数日の後に迫つて来たといふ頃千頁もある本をあれもこれもとはぐつて見なければならぬとしたらどうであらうか、折角出来上つた頭を攪乱するに十分であらう。筆者は吉田静致〈セイチ〉博士の大著倫理学演義〔東京宝文館、一九一三〕一二八五頁を驚くなかれノート六枚十二頁にノートしてゐる。これで十分であらうと思ふ。偉い人達の受験記を見て「私は倫理学演義を十回も読みました」といふ事を読んで驚いた事を今に記憶してゐるが、筆者は演義一二八五頁は友人から借り受け一ケ月足らずの日数を費して一回通読しただけ、後は十二頁のノートの御蔭で要点を理解することが出来た。よく考へて見るといゝ。一二八五頁もある大部の物を十回も読まなければならぬとしたらどうだらう。如何に読書力ある人であつても色々な事情もあるから平均一日百頁の読書は容易な事ではない。それにまあ一歩を譲つて一日平均百頁の読書力あるとして、演義通読に要する日子〈ニッシ〉は十三日、その卒均で十固譲むには実に百三十日、二回目から加速度的に読書力が増すものとしても、先づ最低限度九十日を見ておかずばなるまい。して見れば演義一冊に要する日子は実に三ケ月一年の四分の一となる訳である。この一事を以てしても所謂受験記なるものの真相は十二分に暴露出来るであらう。受験記の詳細なる暴露及びノートの作製法に関して段々述べる機会もあると思ふから、茲では単に「考へる」事の必要を力説するに止め度いと思ふ。

 この『文検修身科の指導』という本は、いわゆる「口述試験」対策の部分が、また興味深いのだが、これについては、機会を改める。

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