◎発表は15日になるだろう(芦田隊長)
この間、中村正吾秘書官、および黒木勇治伍長の「日誌」によって、七一年前(一九四五年)の「今ごろ」の出来事を紹介している。出典は、それぞれ、中村正吾著『永田町一番地』(ニュース社、一九四六)、および黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)である。
本日は、『原爆投下は予告されていた』から、八月一二日と八月一三日の日誌を紹介する(二六八~二六九ページ)。
八月十二日 (日) 晴
午前八時、上番する。午前九時、重慶放送が流れてくる。昨日のニューディリー放送とまったく同じである。すなわち――日本国政府が去る八月十日、中立国スイス・スウェーデンを通じポツダム宣言受諾を連合国側に申し入れた――と放送する。
午前十時ごろから、炎暑極に達する。壕の中の扇風機が回っても、風は暑い風が回っているだけだ。モーターのところが熱をもっている。電気係に調べてもらったが、別にどうこういうこともないと。このまま使っていてよいという。
隊長、上山中尉ともに午前中、来られていなかったが、午後一時すぎ、あいついで部屋に入って来られた。
隊長「日本側から十日に中立国のスイス・スウェーデンを通じてボールが投げられたとすると、今日から明日にその返事のボールが投げかえされる。そのボールをそのまま受けるかどうかが、明日の十三日から明後日の十四日に会議を開いて決められる。発表はどういう形になるかわからぬが、十五日となるだろう」
上山中尉「明日から明後日の会議のポイントは、天皇制を維持存続するという条件、すなわち国体護持を前提とした条件でなければ、ボールは受けられません。それと天皇に戦争責任を追求するようなことがあってはなりません」
隊長「それも含めて国体護持だ。おい黒木。十三日と十四日の夜勤はやめとけ。十四日か十五日、とくに貴様でなければできぬ仕事をやってもらう。情況によっては変更するが、また後日に詳細説明する」
「はッ、わかりました」と立って答える。
午後の暑さは午前にも増して暑く、汗は額からも、胸からも、背中からも流れる。
午後四時、下番する。下番後約二時間くらい、内務班でゆっくり休んでから、入浴、洗濯に移る。タ食しながら、ここにいつまでいるのだろうかと思う。
八月十三日 (月) 晴
午前八時、上番する。今日も朝から暑い。隊長が昨日いわれたことが気になるが、まだなんにもいわれない。昨日も隊長は、夜が全然眠れない日がつづいて困るといっておられたが、われわれ兵隊と違っていろいろ考えられるからなおさらのことだろう。とくに隊長は一つのニュースに対し、その波及する影響を最低五点くらいは考え、かつ一点ずつに対策を樹て、事前に手を打てる特殊技能を持っておられるから頭の痛い日がつづくのであろう。
昨日静かであったが、今日も同様だ。重慶側はもう山が見えている。これ以上、飛行機を飛ばして撃たれたらそれだけ損だ。やめとこうと思っているのか。どこからも電話はかかって来ない。
ただ暑い暑い。壕の中には扇風機があるというものの、どうにもならない。扇風機は暑い空気を混ぜ合わせているだけだ。汗は体中から流れ、鉛筆や紙まで汗でじっとりとする。
午後四時、下番する。下番のときに田中候補生に、明日か明後日、自分に対し隊長から特殊命令が下されることになっている。今まで今日のところ通知がないので明日はないと思う。明後日はあると思い、午前八時に繰りあげて勤務するように指示する。