礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

弁護団は、原告個人に対する人権侵害を構造的に提示できなかった――桃井論文の紹介・その6

2018-07-23 01:05:04 | コラムと名言

◎弁護団は、原告個人に対する人権侵害を構造的に提示できなかった――桃井論文の紹介・その6

 桃井銀平さんの論文「日の丸・君が代裁判の現在によせて(2)」を紹介している。本日は、その六回目。「① 法廷意見」の途中で区切ったが、それは、この区切りまでのところで、桃井さんがきわめて重要な指摘をおこなっているからである。

(3) 最高裁判決-法廷意見・補足意見・反対意見

① 法廷意見
 原告の思想・良心をどう捉えているか。立ち入って検討してみる。(2)-①で既に引用したが、再掲する(下線は引用者)。
「(1) 上告人は,「君が代」が過去の日本のアジア侵略と結び付いており,これを公然と歌ったり,伴奏することはできない,また,子どもに「君が代」がアジア侵略で果たしてきた役割等の正確な歴史的事実を教えず,子どもの思想及び良心の自由を実質的に保障する措置を執らないまま「君が代」を歌わせるという人権侵害に加担することはできないなどの思想及び良心を有すると主張するところ,このような考えは,「君が代」が過去の我が国において果たした役割に係わる上告人自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上の信念等ということができる。」
 ここでのポイントは「歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上の信念等」という部分である。<弾けない>という行為面での判断を「歴史観ないし世界観」「に由来」する」と構造づけているが、「歴史観ないし世界観」の内容が「「君が代」が過去の日本のアジア侵略と結び付いており」という部分であろうことは容易に理解できる。しかし、それと「公然と歌ったり,伴奏することはできない」という信条との結びつきが果たして原告の思想・良心の理解としては正確か、少なくとも中心をとらえたものであるかは、検討の余地がある。原告自身の<弾けない>という信条は、むしろ「子どもに「君が代」がアジア侵略で果たしてきた役割等の正確な歴史的事実を教えず,子どもの思想及び良心の自由を実質的に保障する措置を執らないまま「君が代」を歌わせるという人権侵害に加担することはできない」という思想・良心(敢えて区別すれば「良心」)との結びつきが強い。<加担することができない>というのは<弾けない>と必ずしも同じではない。<弾くこと>が不正な行為に<加担する>ことになるがゆえに<弾けない>のである。それは、家庭でもない、楽曲紹介の授業の場面でもないまさしく<儀式>の場面においてのことなのである。下手くそであれ、心がこもってないものであれ、<儀式>の場面で原告が<弾く>ことは、不正義を<成立させる>ことではなく、不正義に<加担する>ことなのである。このように捉えると原告の思想・良心において思想(「君が代」についての歴史観・世果観)から<弾けない>という行為の判断への流れは極めて自然でわかりやすくなる。
 判決の展開をさらに検討しよう(下線は引用者)。
「しかしながら,学校の儀式的行事において「君が代」のピアノ伴奏をすべきでないとして本件入学式の国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否することは,上告人にとっては,上記の歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが,一般的には,これと不可分に結び付くものということはできず,上告人に対して本件入学式の国歌斉唱の際にピアノ伴奏を求めることを内容とする本件職務命令が,直ちに上告人の有する上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできないというべきである。」
 「学校の儀式的行事において「君が代」のピアノ伴奏をすべきでないとして本件入学式の国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否すること」というように<歴史観ないし世界観>に由来する行動判断をまとめているが、「学校の儀式的行事において」という部分にこそ、単なる行動判断の内容にとどまらない思想・良心の中核部分が含まれていると思えるのであるが、法廷意見はそこには気づいていないようだ。「君が代」の歴史についての<歴史観や世界観>はそれが<侵略戦争・国家主義に利用された否定的歴史を持つ>という内容であるならば、それは<弾けない>一般には強固には結びつかない。その意味では、「歴史観ないし世界観・・・・と不可分に結び付くものということはできず」という判断はそれなりに説得的でさえある。
 また、原告の思想・良心をそのような構造において、「上記の歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろう」と事実判断をしても、原告自身における必然性・不可分性は最高裁にとっては了解不能である、というのが法廷意見の立場である様にも読み取りうる。その意味では、多数意見に対する<思想・良心の個別的検討が必要である>という決まり文句の批判はあたらないという見方も可能である〔32〕。
 ひるがえって、原告の認識にもとづけば、「学校の儀式的行事において」という場面限定に対して、<国家主義刷り込みの場になってしまった>という一節がこの前部の位置にに補足できよう。さらに、「「君が代」が過去の日本のアジア侵略と結び付いており」についても、<学校を通じて子どもたちに軍国主義・国家主義をすり込むための道具となった>という一節をこの後部の位置に補足すれば、原告の歴史観をより正確に表現することができるのではないか。また、<音楽は「人の心を幸せにし、心を解放するものであって」、国家主義のために利用されてはならない>という<世界観>も原告自身の文章から読み取れる。これらの原告自身の思想と、以下のような職務の場における固い信条との結びつきは十分に了解可能なものである。すなわち、それは<自己の生きる証としてきた職業において、自己の歴史観・世界観からは否定されるような不正な業務には、少なくとも自己自身は、従事したくない>という個人としての譲れない一線についての信条である。原告の思想・良心を以上のように把握すれば、法廷意見が採り上げる<歴史観ないしは世界観>とは―それが問題発見にあたって大きな役割を果たしたとしても―区別できる別個の<歴史観・世界観>と行動判断との、不可分な、自然な、他者にも了解可能な結びつきが見えてくるのである〔33〕。その意味では、「本件入学式の国歌斉唱の際にピアノ伴奏を求めること」すなわち不正な公的行為に加担することを求めること「を内容とする本件職務命令が,直ちに上告人の有する上記の」<歴史観・世界観>「それ自体を否定」し(または維持しがたくして)人格的同一性の維持を困難ならしめる「ものと認めること」ができるのである。
 最高裁は、事前に義務免除を2回申し出て、さらに職務命令違反の告発をも引き受けた原告の<加担できない>という判断に人格と一体化した深い思想的根拠を想定することはできたはずである。それができなかったのは、原告弁護側の弁論展開の性格にもその一因がある。弁護団は、蓋然性にとどまる<子供の人権侵害>に過度の重点を置き、原告個人に対する人権侵害を十分に構造的に提示できなかった。個人としての自己同一性しか守るものがなくなったという原告の瀬戸際の状況を的確に捉えきれなかったのである。【以下、次回】

注〔31〕『全資料』p501
「第4 本件職務命令及びこれに基づく本件戒告処分は、教育公務員たる「教師」である上告人ら南平小学校教員の独立した職務権限(憲法23条)を侵害するものであるから、違憲無効である(甲195)」
各項目は
「1 単なる個人でない教育公務員たる「教師」としての独立した職務権限の保障
2 本件入学式における「君が代」斉唱の伴奏に関し、上告人ら南平小教員の(個人でない)「教師」としての職務権限が保障されていること
3 本件職務命令が上告人らの「教師」としての職務権限を侵害すること
4 まとめ 」
注〔32〕したがって、最高裁にとっては、職務命令の合憲性・合法性の判断はそれだけハードルが低いものでよいということになる。
注〔33〕既に引用したものと重複する部分もあるが、以下の第1審最終意見書の文章から、以上の点は読み取れる。
「 私は、これまで子どもたち一人ひとりの可能性を信じ、一人ひとり違う、その存在を認め合える音楽室や学校にしたいと教育にかかわってきました。憲法、教育基本法、子どもの権利条約などに則り、個人の尊厳、基本的人権を認め、そして何よりも平和を大切にする教育をしたいと考えてきました。また、音楽とは、一人ひとりにとって良いものであって欲しい、人の心を幸せにし、心を解放するものであって欲しいと思ってきました。
 私にとって、音楽を聴き、演奏することば、日々の生活の中で、なくてはならないものです。そして、子どもたちが、楽しそうに歌ったり演奏したりする時間を共にすることは、私が音楽の教師を続けていることの大きな理由であり、喜びでもあります。この裁判の中でも述べてきましたが、「君が代」の歴史的な役割、使われ方は、私にとっての音楽そのものの意味を冒涜するものです。そして今また、人の心を束ねるために、教育の中で使われようとしています。音楽や教育が、国家主義をすすめるために利用されることば、私の音楽への、教育への想いに反することです。その上、「君が代」は、音楽的にも全く認めることのできないもので、ピアノ伴奏をいくら強制されても、教師として、音楽に関わるものとして、この曲を弾こうという気持ちになれません。むしろ、弾けないのです。」(『全資料』p130)

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