礫川全次のコラムと名言

◎そのこととは話が飛んでしまうんですが（吉本隆明）

『文藝』「日本論特集号」（季刊秋季号、一九八七年八月）から、対談・吉本隆明×網野善彦「歴史としての天皇制」を紹介している。本日は、その五回目。文中、（……）は、引用の際、省略した箇所を示す。

　　異類異形と天皇制　　　　　　
吉本　そのこととは話が飛んでしまうんですが、戦中と戦後の結び方と、断絶の仕方の問題みたいなものとしては、そこは実感的に考えたような気がするんです。いまおっしゃった、自発性みたいなのがあって、感情的にもそれを肯定して不思議にも思わないで貢納物を持っていった要素があるということは、どのくらいの大きさで考慮に入れるか、また時代の迷妄の印しなんだということで、取り去ってしまうのか、その度合いは、なかなか難しいなあと考えたんですね。（……）
　僕は、あまり専門家でないから、いいかげんですが、ただモチーフはとても明瞭にあるんです。天皇制をどうしたら無化出来るんだろうなということです。天皇制は出自や発生から何年ぐらいと踏んだらいいのか、いろいろ説はあるでしょうが、天皇制の成立以前を考えて、成立以前の問題を掘っていけば、ひとりでに天皇制は無化されるんじゃないかなというのがひとつのモチーフでした。僕はしきりにそのことにこだわってきたように思うんです。網野さんが中世に打ち込んでこられたことと対応させますと、古代と古代以前とのつなぎ目のところをうまく掘っていきますと、存外無化される要素が出てくるんじゃないかな、ということを考えてきたように思います。天皇制の問題は難しい感じがしますね。
川村　（……）
　いままでシステムとしての天皇制ということが、あまり言われすぎて、もうちょっと天皇そのものというか、そういうものに目を向けていかないと、天皇制は解けないと思うんです。天皇制をもっとも存続させることを考えているのは、たぶん天皇自身だと思うんですね。だからそのへんからも見ないと、社会的、経済的下部構造に還元して事足れりといった旧派のマルクス主義歴史観みたいになってしまう。それに対して、それを支える常民的というか、天皇がいなくては困るんだみたいに思っている下層の庶民的な日本人の意識との絡み合いで、天皇制というのは続いてきたと思うんですが。それを切り離すというか、そのからくりがわからないと、単なるシステムとしての天皇制だけじゃ解けないというふうな感じが、僕はしているんです。
網野　それはそのとおりだと思いますね。【以下、次回】

　網野が発した問いかけに対し、吉本はアッサリ、「そのこととは話が飛んでしまうんですが」と返している。網野が発した問題提起の重要性に、吉本は気づかなかったのか。
　一方、川村湊氏のほうも、『異形の王権』の内容に関する自身の疑問を解消せんとすることに急であって、網野の問題提起を、「司会」の立場から受けとめた形跡がない。
　私などは、網野の「それはそのとおりだと思いますね」という言葉のウラに、彼の気落ちした感情を読みとってしまう。
　とはいえ、吉本が、「いまおっしゃった、自発性みたいなの」と言っているところは、注意しなければならない。吉本は、網野の問題提起を、それなりの形で受けとめていたのである。

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