◎女中二人の様子が普通じゃない(迫水久常)
『証言・私の昭和史2――戦争への道』(旺文社文庫、1984)から、「岡田首相救出秘話」を紹介している。
三人の証言者(迫水久常・福田耕・小坂慶助)に対するインタビュー記録の紹介としては二回目。
―― 反乱軍は気がつかなかったんですか。
迫水 全然気がつかなかった。つまり老人があの家の中に二人住んでいるってことを知らなかった。老人を一人殺したから、それが総理であろうと想定したわけでしょう。
―― お二人は、よく似ていらしたわけですか。
迫水 いや、たいして似てもいなかったような気がしますけどね。ま、両方とも軍人らしい面〈ツラ〉をしておったから、その点は似ておったんでしょう。二人は血筋じゃないんです。松尾〔伝蔵〕大佐の奥さん〔稔穂〕が、岡田啓介の妹なんです。そこで、岡田大将でなしに松尾大佐の遺骸だということがわかったから、福田さんと私は以心伝心ですね。これはもう、このままにしておこうってことで、総理大臣の死骸に仕立ててしまったわけです。
部屋を出ると、待っていた〔栗原安秀〕中尉が「総理の遺骸にまちがいありませんね」と聞く。私たちは「まちがいありません」と。ところが、ここに二人の女中がおった。サク、キヌというんですが、その女中に会いたいというと、女中さんならあっちの部屋ですと簡単に案内してくれたんです。で、女中部屋にはいると、押入れの前に二人が並んで坐っているんです。襖〈フスマ〉二枚に一人ずつ背中を当てて、しかも二人の様子が普通じゃないんですね。これはこの押入れの中に総理がいるんじゃないかと感じたんですね。しかし、私たちの回りには兵隊がいますから、うかつなことはいえんわけです。で、私が「けがはなかったか」と聞いたんです。すると一人が「はい、おけがはありません」というんですな。おけがの「お」でピンときたんです。それで長居は無用ですから「すぐ迎えにくるからしっかり」といって、福田秘書官を残して部屋を出ました。兵隊も私について部屋を出た。そのすきに福田秘書官が、女中から総理のいることを確認したんです。で、必ず迎えにくるからといってきた。
―― なるほど。しかし、総理が生きていることがはっきりしてからは、なおさら気が気じゃなかったでしょうね。
迫水 全くです。で、私の官舎へ帰って、福田秘書官とどうしようかと相談した。いちばん困ることは、うかつに首相生存を伝えるわけにはいかんことでした。総理即死ということで、あちこちから電話がかかりましてね。宮内省からは、岡田首相の霊前に勅使を派遣したいなどといってくる。これはまだ占領下にある首相官邸内に遺骸があるんだから、もう少し待ってくださるようにお願いしましたがね。そこでとにかく、総理生存を天皇陛下のお耳にだけは入れておきたいということになった。しかし電話をすることは、どこで盗聴されているかわからないので、できない。で、私が参内してひそかに報告するということになり、福田さんがあとに残って救出計画を考えるということになったんです。〈149~151ページ〉【以下、次回】
『証言・私の昭和史2――戦争への道』(旺文社文庫、1984)から、「岡田首相救出秘話」を紹介している。
三人の証言者(迫水久常・福田耕・小坂慶助)に対するインタビュー記録の紹介としては二回目。
―― 反乱軍は気がつかなかったんですか。
迫水 全然気がつかなかった。つまり老人があの家の中に二人住んでいるってことを知らなかった。老人を一人殺したから、それが総理であろうと想定したわけでしょう。
―― お二人は、よく似ていらしたわけですか。
迫水 いや、たいして似てもいなかったような気がしますけどね。ま、両方とも軍人らしい面〈ツラ〉をしておったから、その点は似ておったんでしょう。二人は血筋じゃないんです。松尾〔伝蔵〕大佐の奥さん〔稔穂〕が、岡田啓介の妹なんです。そこで、岡田大将でなしに松尾大佐の遺骸だということがわかったから、福田さんと私は以心伝心ですね。これはもう、このままにしておこうってことで、総理大臣の死骸に仕立ててしまったわけです。
部屋を出ると、待っていた〔栗原安秀〕中尉が「総理の遺骸にまちがいありませんね」と聞く。私たちは「まちがいありません」と。ところが、ここに二人の女中がおった。サク、キヌというんですが、その女中に会いたいというと、女中さんならあっちの部屋ですと簡単に案内してくれたんです。で、女中部屋にはいると、押入れの前に二人が並んで坐っているんです。襖〈フスマ〉二枚に一人ずつ背中を当てて、しかも二人の様子が普通じゃないんですね。これはこの押入れの中に総理がいるんじゃないかと感じたんですね。しかし、私たちの回りには兵隊がいますから、うかつなことはいえんわけです。で、私が「けがはなかったか」と聞いたんです。すると一人が「はい、おけがはありません」というんですな。おけがの「お」でピンときたんです。それで長居は無用ですから「すぐ迎えにくるからしっかり」といって、福田秘書官を残して部屋を出ました。兵隊も私について部屋を出た。そのすきに福田秘書官が、女中から総理のいることを確認したんです。で、必ず迎えにくるからといってきた。
―― なるほど。しかし、総理が生きていることがはっきりしてからは、なおさら気が気じゃなかったでしょうね。
迫水 全くです。で、私の官舎へ帰って、福田秘書官とどうしようかと相談した。いちばん困ることは、うかつに首相生存を伝えるわけにはいかんことでした。総理即死ということで、あちこちから電話がかかりましてね。宮内省からは、岡田首相の霊前に勅使を派遣したいなどといってくる。これはまだ占領下にある首相官邸内に遺骸があるんだから、もう少し待ってくださるようにお願いしましたがね。そこでとにかく、総理生存を天皇陛下のお耳にだけは入れておきたいということになった。しかし電話をすることは、どこで盗聴されているかわからないので、できない。で、私が参内してひそかに報告するということになり、福田さんがあとに残って救出計画を考えるということになったんです。〈149~151ページ〉【以下、次回】
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