◎『実話雑誌』と畠山清身・畠山晴行兄弟
先日、古書展で、実話雑誌社の月刊誌『実話雑誌』の一九四八年(昭和二三)新春号(第三巻第一号)を入手した。奥付を見ると、「編輯印刷兼発行人」は、畠山清身となっている。また、特輯のひとつである「心霊座談会」には、「本社側」として、畠山晴行が出席している。
インターネット情報によれば、このふたりは、兄弟だったようだ(清身が兄)。つまり、この『実話雑誌』という雑誌は、畠山兄弟によって編集・発行されていたことになる。
同誌の同号は、A5判で、本文わずか五〇ページで、惜しいことに、四三~四四ページが脱落している。紙質や印刷は劣悪で、ページ数も少ないが、内容は充実している。
「犯罪実話」として、耶止説夫の「少年強盗 隼の政行状記」が載っている。耶止説夫は、たぶん、「やし・せつお」と読むのだと思うが、歴史小説家・八切止夫〈ヤギリ・トメオ〉が、一時、用いていたペンネームである。
また、和田信義の遺稿「香具師の仁義 あいつき」が載っている。心霊研究の専門家五名および畠山晴行の計六名よる「心霊座談会」も興味深い。
どれもこれも紹介してみたいが、本日は、裏表紙に載っていた「唱歌・闇の列車」というものを紹介してみたい。
唱 歌・闇 の 列 車
主食のやみは天下の難
警察権もまゝならず
婆アの袋、偃僂【せむし】の瘤
前に抱へ後【しり】へにかくす
米は棚を巡り荷は路【みち】をふさぐ
駅尚遠き夜の列車
行商の商談舌滑らか
一婦罐を覆へば検札も開くなし
天下を旅する闇師の仲間
リユツクを持つて子供づれ
鉄道狭しと横行する
鼻薬【くすり】が利きしか闇の列車
一読してわかるように、唱歌「箱根八里」一番の替え歌である。
ここでいう「やみ」とは、食糧管理法などで統制されていた物資を、不正に入手し、流通させる行為で、これを専門的におこなっていた者は、闇屋とか闇師とか呼ばれていた。
最後にある「鼻薬」という言葉は、近年、あまり使われないが、要するにワイロの意味である。
参考までに、以下、元歌である「箱根八里」のほうも、掲げておこう(作詞・鳥居忱〈マコト〉、ただし、一番のみ)。
箱根八里
箱根の山は天下の嶮〈ケン〉
函谷関〈カンコクカン〉もものならず
萬丈〈バンジョウ〉の山 千仞〈センジン〉の谷
前に聳え後方〈シリエ〉にささふ
雲は山を巡り〈メグリ〉 霧は谷を閉ざす
昼猶〈ナオ〉闇き〈クラキ〉杉の並木
羊腸〈ヨウチョウ〉の小徑は苔〈コケ〉滑らか
一夫〈イップ〉関〈カン〉に当たるや 萬夫〈バンプ〉も開くなし
天下に旅する剛気の武士〈モノノフ〉
大刀腰に足駄〈アシダ〉がけ
八里の岩根〈イワネ〉踏みならす、
かくこそありしか往時の武士