脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

7月の右脳訓練②-諏訪市佛法紹隆寺 

2024年07月26日 | 私の右脳ライフ
蓼科聖光寺に連れて行ってくださった友人が「諏訪の佛法紹隆寺にも行きませんか?素敵な普賢菩薩様に会いに行きましょう」と誘ってくださいました。

よほど断る理由がない限り、お誘いには乗るのが私の生き方です。特に初めてのところだとワクワク感が湧き上がってきます。
聖光寺から車で30分も行ったでしょうか、諏訪湖畔、旧甲州街道沿いの小高い丘の上に紹隆寺はありました。




山門まで進むと、諏訪の街並みが眼下に広がります。明治の神仏分離の際には諏訪大社のお守りをしたというのも納得のロケーション。
拝観のためのパンフレットに目をやると、806年坂上田村麻呂開山!という歴史にまず驚きました。
檀林所(僧の学問所)であった時代には、信州4ケ寺中筆頭と言われたことや、江戸時代には諏訪高松藩主の祈願寺であったことなど由緒ある大きなお寺であることがすぐに納得できました。
境内には天然記念物でもある夫婦イチョウの巨木やいかにも樹齢を重ねた感のある欅が、寺の長い歴史を語っていました。



山門のそばの菩提樹が花盛りで、初めて菩提樹の花を見ることができました。

境内案内図に従って見学します。

まず普賢堂から。

私たち以外誰もいないお堂で普賢菩薩はお約束の象に乗っていらっしゃる。真面目にご挨拶をすませた後、ムクムクと「教えてもらいたいこと」が湧き上がってきます。同行者たちは、お経をあげたり「一休みします」と横になる人もいて、ほんとにゆったりとしたお参りでした。尋ねることはちょっと憚られる雰囲気です。

話がちょっとそれます。
「携帯があればどこでも検索ができる」実感を持っている方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。
年若い人たちが検索するスピードの素早いこと。
私たちの世代だと、話の最中に携帯を開くことにはちょっと抵抗がありましたが、最近はあまり抵抗がなくなった人が増えてきているようです。
普賢堂横にウバユリが。

若い人が、生のコミュニケーションではなくラインなどを使う方を好むと聞くと、それはちょっと危ない方向に進んでいるような気がしますし、絵文字の多用を「おじさんorおばさん」「昭和(古くさい)」と鼻であしらうような若者の弁を目にすると不安は募ります。
スタンプや絵文字は、どう考えても嬉しいとか困ってるとかの右脳情報を加味したい気分の表れだと思うのです。それは、コミュニケーションは左脳が分担する論理や言葉と、右脳が分担する感情や気分の両方を前頭葉がコントロールすることで成り立っているという前提が共有されているからでしょう。言葉のやり取りだけでは日常生活で行われる生のコミュニケーションは成立しないことを肝に銘じて欲しいと思います。

TPOのわきまえは必要ですが、携帯の検索機能は便利です。今回も「教えて欲しいこと」を自力で解決できました。
釈迦三尊をいろいろなところで拝観(美術館だと拝見でしょうか)しました。それを整理したかったのです。
釈迦如来の左右の脇侍は、多くは右脇侍(向かって左)普賢菩薩と左脇侍(向かって右)文殊菩薩。あくまで釈迦如来の左右に基づいている。
普賢菩薩は象に乗り、慈悲を説く。
文殊菩薩は獅子に乗り、智恵を代表する。
その検索中に「勉学による智識の『智』だけでなく、生活をしていくために必要な全般的『智』」という表現に出会い、膝を打ちました。前の『智』は左脳の働き、後の『智』は前頭葉機能を意味しています。
おもしろい!
お堂の正面には、こういう案内が。とにかく世の中が大きく変わっていっているその只中に、私たちは生きています。美術展でもQRコードで解説する方式が増えてきています。とても便利ですから上手に取り入れて生活技術をあげて行きたいと思います。


それから宝物殿で運慶作かと言われている不動明王像を見ました。伊豆には願成就院に運慶作の仏像が5体(すべて国宝)あって友人をよく連れて行くので、不動明王像は何度も拝見しています。像の大小だけではない印象の違いがあるような気がしましたが、何の確信もありません。
それから安土桃山、江戸、明治大正の庭園を巡りました。ちょうど庭木の手入れ中で、庭園の維持にも大変な努力が必要だと感心しました。





思いがけない、豊かな時間を過ごし辞去するときに誘ってくださった友人が「いい言葉がありますよ」と声をかけてくださいました。

ほんとに!
蓼科諏訪って、自然も歴史も食べ物も心惹かれる素敵なエリアでした。

by高槻絹子






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