金春流の金春会定期能を観賞するために国立能楽堂に伺いました。
今回も家内の指南とネットからダウンロードしてもらった資料で事前に勉強してお邪魔しました。
演目は次の通り
能
シテ 山井綱雄
小鍛冶 以下省略
狂 言
酢 薑 以下省略
能
シテ 井上貴覚
楊貴妃 以下省略
能
ツレ 伊藤眞也
シテ 櫻間右陣
通小町 以下省略
附祝言
小鍛冶 あらすじ
夢のお告げを受けた一条天皇(980〜1011)の命により、勅使の橘道成は、刀匠として名高い三條小鍛冶宗近(さんじょうのこかじむねちか)のもとを訪れ、剣を打つよう命じます。宗近は、自分と同様の力を持った相鎚を打つ者がいないために打ち切れない、と訴えますが、道成は聞き入れません。進退きわまった宗近は、氏神の稲荷明神に助けを求めて参詣します。そこで宗近は、不思議な少年に声をかけられます。少年は、剣の威徳を称える中国の故事や日本武尊(やまとたけるのみこと)の物語を語って宗近を励まし、相鎚を勤めようと約束して稲荷山に消えていきました。
家に帰った宗近が身支度をすませて鍛冶壇に上がり、礼拝していると稲荷明神のご神体が狐の精霊の姿で現れ、「相鎚を勤める」と告げます。先ほどの少年は、稲荷明神の化身だったのです。明神の相鎚を得た宗近は、無事に剣を鍛え上げました。こうして表には「小鍛冶宗近」の銘、裏にはご神体が弟子を勤めた証の「小狐」の銘という、ふたつの銘が刻まれた名剣「小狐丸」が出来上がったのです。明神は小狐丸を勅使に捧げた後、雲に乗って稲荷の峯に帰っていきました。
小鍛冶を見て一つ賢くなったこと。
「相槌を打つ」は、刀鍛冶が師と弟子が息を合わせて調子を取り鍛造していく事から出た言葉である事を知った。
酢薑(すはじかみ) あらすじ
都の祗園会へ商売に出掛けた摂津ノ国の薑売りは、道中和泉ノ国堺の酢売りと出会います。互いに商売物の自慢と由来を披露し、更には商売物に掛った秀句(洒落句)を云いながら商いを始めます・・・。
互いの自慢を競い合うというよりは、秀句を楽しむ雰囲気と笑いに興じるほのぼのとした演出になっています。
《薑》は、現在では生姜の事とされていますが従来は山椒とも。薑が辛いので「カラ」の韻を踏んで由緒や秀句を進めていきます。別名「酸辛(すいからし)」という異名も残る作品です。
能では、声を出して笑ったりする事はありませんが、狂言では狂言師の言葉などにより声を出して笑ってもOKですから、
漫才の原形のような感覚を受けました。
楊貴妃(ようきひ) あらすじ
唐の玄宗皇帝は、安禄山の乱により亡くなった楊貴妃を忘れられず、配下の方士に、楊貴妃の魂魄を探し出すよう命じました。方士は仙術を駆使して蓬莱宮に至り、そこに住む者から、楊貴妃の居場所を聞き出します。方士が教えられた太真殿に行くと、宮殿から楊貴妃が現れます。
方士は楊貴妃に、玄宗皇帝の悲しみ、嘆きの深さを訴えるとともに、楊貴妃と会ったことを証明する証拠がほしいと申し出ました。楊貴妃はこれに応え、髪に挿していた釵(かんざし)を、方士に渡そうとします。ところが方士は、よくある品物では証拠にならない、玄宗と楊貴妃との間で人知れず交わされた言葉があれば、それを証にしたいと伝えます。それなら、と楊貴妃が語ったのは、比翼連理の誓い(天にいれば翼を並べて離れない鳥になろう、地上にあれば枝を連ねて離れない木となろう)でした。それは楊貴妃が七夕の夜、牽牛織女に誓って、玄宗と交わした睦言だったのです。
楊貴妃は、玄宗と離れ離れになった身の上を嘆きながらも、愛に生きた昔を懐かしみ、思い出の舞を舞いました。その後、釵を携えて方士は現世へ去り、楊貴妃はただ独り、宮のうちに座り込むのでした。
有名な世界三大美人の楊貴妃です。
通小町(かよいこまち) あらすじ
京都・八瀬(やせ)の山里で一夏の修行[夏安居(げあんご)。九十日間籠もる座禅行]を送る僧のもとに、木の実や薪を毎日届ける女がいました。僧が、問答の末に名を尋ねると、女は、絶世の美女、才媛であった小野小町(おののこまち)の化身であることをほのめかし、姿を消しました。
市原野に赴いた僧が、小町を弔っていると、その亡霊が現れ、僧からの受戒を望みます。そこに、背後から近づく男の影がありました。それは小町に想いを寄せた深草の少将の怨霊でした。執心に囚われた少将は、小町の着物の袂にすがり、受戒を妨げようとします。
僧はふたりに、百夜(ももよ)通いの様子を語るよう促します。少将からの求愛に、小町は、百夜通って、牛車の台で夜を過ごせば恋を受け入れると無理難題を出します。少将はどんな闇夜も雨、雪の夜も休まず、律儀に歩いて小町のもとへ通いました。そのありさまを再現します。
百夜目。満願成就の間際、まさに契りの盃を交わす時、少将は飲酒が仏の戒めであったことを悟り、両人ともに仏縁を得て、救われるのでした。
最近は文楽や歌舞伎や今回の能楽などを鑑賞する機会にめぐまれましたが、能で家内から観劇前に一言。
能は始まりも緞帳が上がったり、幕が引かれて始まるわけではありません。
終わる時も三々五々、シテ、ワキ、太鼓、小鼓、笛、後見、地謡などの方々が舞台を去っていきます。
「基本は能楽が終わっても余韻に浸るので拍手はしないんだよ。」と言われた。
「強いて、拍手する時は、太鼓や地謡の方々が戻る時にするんだよ。」と言われた。
能楽トリビアに次のように書かれていますので、参考までに引用させて頂きます。
能の舞台は、いつの間にか始まり、ひとときの夢のごとく終わる世界です。その余韻を味わうために、終演時に拍手をしない方がよいと考える能ファンは少なくありません。しかし、芸術の鑑賞でそのようなマナーは大切ですが、その人の感動を示す表現が拍手であれば、一律に禁止する必要はないのではという意見も多くあります。ただし悲劇的な結末の演目では、ひかえるべきでしょう。
また、舞台が空になるまで上演は続いています。シテ、ワキ、地謡……、と舞台から退場するたびにパラパラと拍手をする「必要」はありません。