雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

本と映像の森 149 サン=テグジュペリさん『星の王子さま』岩波少年文庫

2011年04月26日 06時03分09秒 | 雨宮日誌
本と映像の森 149 サン=テグジュペリさん著、内藤あろう訳『星の王子さま』岩波少年文庫、1953年3月15日第1刷~1985年10月8日第54刷、161ページ、定価500円

 語り手の「ぼく」は「6年前」サハラ砂漠で飛行機が不時着しました。

 「6年前」というのは、著者は1944年に亡くなったので、すくなくとも1938年かそれ以前ということです。

 夜が明けて「ね、ヒツジの絵を描いて」といった小さな王子さまが現れてから1週間(7日間)の物語です。

 有名な「うわばみ(蛇)の絵」の話や、小さな王子さまが遍歴するいろんな星の話は、納得がいくのですが、ぼくとしては、王子さまが、花の星を離れる前半と、「ぼく」と分かれて星へ帰る部分が、どうも納得がいきませんでした。

 前にも紹介しましたが、安冨歩さん・本條晴一郎さん著『ハラスメントは連鎖する ーしつけ・教育という呪縛ー』(光文社新書299、2007年)は、この「星の王子さま」の謎を解明しています。

 つまり、この王子様は、自分の故郷で第1回目のハラスメント受けて、そこから逃れて流浪の旅に出たのです。

 ところが、バラの花に2回目のハラスメントを受けて、ここからも脱出します。

 地球に来て、砂漠の狐(というとドイツ軍の論メル将軍のことを思い出しますが,何か関係があるんでしょうか)に「きみは、あの花に責任を持たなきゃ」と第3回目の、ダブルハラスメントをうけます。

 せっかく生きようとしたのに、自分の魂が死んでしまうところに戻ってしまう、悲惨な物語です。

 問題は、なぜ、そう、みんな読み取れないのか。
 さらに,著者自身が、そういうハラスメント物語として自覚して書いていないのか?

 あの第二次世界大戦の時代って、時代全体が、ハラスメントのような時代ですね。
 もっと読みなおして、深読みの結論が出たら,書きます。