雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

雨宮日記 7月15日(月)の3 暑くて無風の夜、月の写真に最高の条件

2013年07月15日 22時31分13秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 7月15日(月)の3 暑くて無風の夜、月の写真に最高の条件

 夜、無風で暑いので、玄関から外へ出たら、半月が西空に輝いていました。

 こういう、風のない夜は、月面の細かい映像を撮影するには、最適の夜なので、望遠デジカメを持って、自宅の2階のベランダに出ました。

 撮影した映像をアップします。

 

 


雨宮日記 7月15日(月) 依然暑いですが「マルクス抜き書き」始めました

2013年07月15日 21時37分47秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 7月15日(月) 依然暑いですが「マルクス抜き書き」始めました

 依然として暑いのですが、「マルクス抜き書き」を本格的に作り始めました。

 どういうことかというと、この世界というか日本の社会科学辞典や資本論事典、あるいは資本論索引が基本的に非常にたよりないので、使い物になりません。

 たとえば新日本出版社上製版についている「索引」には、資本論の基本的概念である(とボクは思っている)「物象化」(「物件化」とする論者もいます)あるいは「物化」という用語が索引にありません。

 「人格」はありませんが「人格化」は、いちおうありました。それと1対になっている「物象化」という概念が索引にないのは「無視してよろしい」と考えているとしか思えません。

 うっかり「入れ忘れました」というのなら、それは「索引」の意味をなしていません。

 つまり「人格の物象化と物象の人格化」です。『資本論』の基本思想は、人間諸個人が社会的関係が作り出した「貨幣」「資本」などの「物象」に支配される、ということだと思います。

 「個人的所有」という用語は索引にありますが、「個人」「諸個人」「自由な諸個人」が索引にないので、「個人的所有」という用語の意味がわかっているのかどうか、非常に心許ないです。

 『資本論 第1部』の終わり近く、『資本論 第1部』の結論のような部分、「第24章 いわゆる本源的蓄積」で、マルクスは「」と書いています。

 『資本論』は精緻な経済学の書で、資本主義が法則的に社会主義に転化すると結論した書で、その法則性・必然性に従うことが、労働者・国民の解放の道であると、もしあなたが教わっていたら、それは、マルクスが主張したことではありません。

 マルクスの主張は、そういう「必然性に従うこと」では、ありません。逆に、そういう法則性を人間「諸個人」の「意識的計画的管理」に置くことを主張したのです。

 それを、科学的に「証明」するために「マルクス 抜き書き」を作っています。やっと時間的な余裕があるので、それを本格的に始めました。

 本にするのではなく、パソコンの中の「文字ファイル」なので「一太郎」または「ワード」で誰でも読めるようにしておきます。

 もし自分の納得いくように完成したら、ここで「告知」したいと思います。

 もちろん「マルクス抜き書き」だけではなく、補足する「マルクス以外抜き書き」も作っています。

 則子さま、もしボクが急死したら、パソコンの中の「マルクス抜き書きファイル」「マルクス以外抜き書きファイル」を、「読みたい」という希望者のみなさんに「CD」ファイルにしてお渡ししてください。

 自分でこういうファイルを作成し始めたのが2年くらい前で、今年になって、ちょっとまとまったお金が手元に偶然出来たので、大月書店で以前に(20年くらい前)出版された、マルクス経済学者・久留間鮫造さんの『普及版 マルクス経済学レキシコン』全7巻を買いましたら、ぼくと同じ考えで、マルクス・エンゲルスから「競争」「方法」「唯物史観」「貨幣」「恐慌」という主題で、抜き書きしている、画期的な著作です。

 『普及版』は、原著にある「ドイツ語原文」を省略している「日本語」部分だけですが、とっても役に立つ本です。「総索引」もついています。

 まだ手に入ったばかりですので、「レキシコン」の具体的評価は、まだできませんが、久留間鮫造さんの本は、できるだけ入手して読みたいと思います。

 「山登りでガイドが間違うと、みんな間違った道に入り込んでしまう」と、とても大事な警告を発言していらっしゃいます。そのとおりと、思います。

  ☆

 16日、「以前」を「依然」に訂正しました。